60話 前王の血を継ぐ子
ラウルの問いかけに、リシャールはぽっと頬を赤らめた。
「うん。お姉様とお話していると、お母様を思い出すよ。あの人と結婚したアンドレお兄様がうらやましい」
「……そうですね」
ラウルはてらいなく同意した。
シュゼットと結婚したアンドレがうらやましくて憎いくらいだ。
しかし、彼は国王。
ラウルが心酔していた前王の血が流れる相手である。
ラウルは、アンドレのことを絶対的に敬らなければならない存在だと思って生きてきた――これまでは。
(だが、アンドレが前王の子でないとしたら?)
不義の末に生まれた子だと証明できれば、国王の座から引きずり降ろせる。
シュゼットを、愛されない王妃の座から救い出すにはこれしかない。
顎に手をかけて考え込むラウルに、リシャールはクスクスと笑いかけた。
「ラウルもうらやましいんだね。ひょっとして、王妃様が好きなの?」
問いかけてくるリシャールの瞳は純粋だ。
駆け引きや打算のない純粋な気持ちでシュゼットを想っている。
不貞という概念など存在も知らないに違いない。
憧れの気持ちを恋だと誤解できるリシャールを、ラウルはまぶしく思う。
(俺とは違うな)
ラウルは、あわよくばシュゼットを自分だけの物にしたいと思っている。
アンドレの手から救い出して、恋愛小説のヒロインとヒーローのように結ばれたいと願っている。
――彼女に拒絶された今も。
「ええ。私も王妃様の優しさに救われた者ですから」
本心を隠して大人の返答をしたラウルは、空になったカップをリシャールの手から取り上げた。
「さあ、ベッドにお入りください。俺はリシャール様が眠るまでここにいますから、安心して眠ってくださいね」
「うん。ありがとう、ラウル」
素直に布団に入って目を閉じるリシャールの頭を、ラウルは優しく撫でる。
(リシャール様は前王と同じ、黄金色の髪とオレンジ色の瞳を持っておられる)
アンドレは銀髪と紫の瞳だ。
瞳の色は母親である王太后ミランダと同じ。
しかし、ミランダは豊かなブラウンの髪の持ち主だ。銀髪ではない。
(髪の色は父親の影響か?)
フィルマン王国内で銀髪は珍しい。
たいていが茶色か赤褐色で、次に多いのが金髪と黒髪だ。
銀や青といった色彩を持つのは、他国との国境に近い領地に暮らす人々である。
外国の血が混じっているために肌の色も白く、美しい容姿をした人物が多いのだ。
リシャールがすっかり寝入ったのを見届けて、ラウルは廊下に出た。
出てくるのを待っていたバルドに、空のカップを渡して言いつける。
「ついこの間、宮殿で銀髪の人物を見たような気がするんだが、忙しくて記憶があいまいだ。覚えていたら教えてくれ」
「それはひょっとして、レイリ伯爵ではありませんか? 先代が残した財産を整理する予定があって、宮殿までご相談にいらっしゃっていたはずです」
「レイリ……」
その名は、六年分の宮廷録にたびたび出てきた。
ミランダの訪問客で、多いときは半年も宮殿に滞在していた貴族だ。
「バルド、レイリ伯爵に連絡してくれ。国王補佐のラウルが三十年前のことについて詳しく聞きたがっていると――」