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58話 王妃を奪えない理由

「ラウル様、大丈夫ですか?」


 紅茶を机に置いたバルドが思わず声をかけてしまうくらい、ラウルの面相は悪かった。


 目の下には真っ黒なクマができあがっている。

 眉間の皺は普段の二倍だし、ペンを持つ手は力をこめすぎて白くなっている。


 ラウルはいつも多忙だが、夜通し仕事に励むのが五日も続けば心配になる。


 ちなみに、ここは宮殿ではなくルフェーブル公爵家のラウルの執務室だ。

 バルドは公爵家の面々とも仲が良く、こうして滞在してはラウルの仕事を手伝っていた。


 ラウルはどんなに仕事がたまっていても実家に戻ったら泥のように眠るのがお決まりだった。

 それなのに、五日前に泣き腫らした目で帰ってきてから少しも休んでいない。


 明らかに異常事態だった。


「まるで五十人もの旅人を襲った伝説の山賊みたいですよ? そろそろお休みになった方がいいのでは……」

「いい。少し黙っていてくれ」


 ラウルは、寝不足で充血した目をシュゼットに渡された宮廷録に落としていた。

 その姿は痛々しいほどに懸命で、自分で自分を虐めているようにも見えた。


 体も頭も重いが仕方がないのだ。

 ベッドに横になっても眠れないし、何かに没頭していないとどうしても彼女を思い出してしまう。


 あの晩、毅然と別れを告げた王妃の姿が目に焼き付いて離れない。


(シュゼット……)


 愛していると告げたラウルに、彼女は「私も」と答えてくれた。

 あのまま、宮殿からさらって駆け落ちする道もあった。


 そうしなかったのは、彼女がそれを望んでいないと分かっていたからだ。


(俺では彼女を助け出せないのか?)


 小説のヒーローであれば、どんな苦境に立たされようとも困難な状況を切り抜けてヒロインを幸せにする。


 ラウルは、幸せな結末を書くのは得意だ。

 死に別れる筋の話でも、必ず二人の心は結ばれて終わる。


 エリック・ダーエとして執筆する時は容易に解決策を思いつくのに……。


(俺とシュゼットの関係に、幸福な出口はない)


 片や王妃、片や国王補佐。

 シュゼットは夫がいて、ラウルはその夫に従っている。

 さらに悪いことに、彼女の夫は国王だ。


 フィルマン王国では、国王を謀った者はもれなく重罰が与えられる。


 ラウルはシュゼットと結ばれるためならこの身を裂かれたって叶わない。

 しかし、シュゼットにも同じ責を背負わせたくない。たとえラウルが誘惑したことにしても、彼女も同罪に処されてしまう。


 もしも、シュゼットがアンドレと結婚する前に、ベールに隠れた素顔をラウルが知れたなら、奪い去っていたのに――。


(もしもの話をするな。そんなこと、腹の足しにもならない)


 ラウルは無言で宮廷録のページをめくっていく。


 こうなるとてこでも動かないので、バルドは近くの椅子に腰かけて、一人きりのティータイムを楽しむことにした。


「……おかしいな」


 バルドがお菓子をむさぼる音すら聞こえないほど集中していたラウルは、とある記述に引っかかった。


 口のはしにチョコレートを付けたバルドは、乙女のように小首を傾げる。


「何がおかしいんですか?」

「王太后の懐妊と出産の時期が合わない」


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