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57話 恋の終わり

 耳元でささやかれる言葉に、シュゼットはうっとりと身をゆだねた。


 ラウルは優しい。

 周りを大切にすればするほど、自分が追い込まれる類の思いやりを持っている。

 アンドレの尻ぬぐいをさせられているのはこのせいだ。


 そして今、ラウルはシュゼットの苦しみまでも一緒に背負おうとしてくれている。


(私まで甘えられません)


 ただでさえアンドレのせいで心労が絶えないのに、シュゼットまでもたれかかってはラウルの心がすり減ってなくなってしまう。


 心がなくなったら、ラウルはきっと恐ろしい国王補佐の顔から本来の彼に戻れなくなる。

 それだけは避けたかった。


「ラウル」


 シュゼットは、初めて彼の名前を呼んだ、

 鍛え上げられた胸を押して体を離し、代わりに持ってきた包みを押し付ける。


「六年分の宮廷録と貸していただいていた原稿です」

「見つかったのか! もしや、今日の帰省はこれを探すために?」

「約束しましたから。そして、シシィとして会うのはこれが最後です」


 儚く笑うシュゼットに、ラウルは悲痛な声を漏らした。


「なぜ」


 動揺する彼から目を背けて、シュゼットは握りしめていたベールを被る。


 世界が白く覆われて、遠ざかる。

 エリック・ダーエとの出会いも、ろくでもない結婚生活も、これで全てが薄い布の向こう側。


 恋するシシィは、かわいそうな王妃様に戻った。


(これでいいんです)


 王妃と国王補佐が何度も密会して、誰にも見つからないはずがない。


 この関係は裏切りだ。

 露見すれば、宮殿内だけでなく政治の分野まで混乱を引き起こし、民にまで影響を及ぼす。


 シュゼットがどれだけラウルを恋しく想い、ラウルがシュゼットを救いたいと思っていても、関係を続けることはできない。


 シュゼットは、ベール越しにラウルの顔を見上げた。


「私には王妃としての責任があります。あなたと個人的に合うのは今日限りです。手紙のやり取りも、もう二度としません」


 毅然とした態度で伝えると、ラウルは辛そうに顔をしかめた。


「……それが、君の願いなのか?」


 違う。

 シュゼットは、これからもラウルといたい。

 手紙をやり取りして、たまに喫茶店で会って、秘密の恋人みたいな温い空気に溺れていたい。


(でも、できません)


 ラウルを愛しているから。彼を守りたいから。

 シュゼットは、本音を押し隠して微笑む。


「はい」


 はっきりした拒絶に、ラウルは唇を震えさせた。


「分かった。だが、最後に一つだけ言わせてくれ……」


 うるんだ瞳から、こらえきれなかった涙があふれた。

 頬を流れた雫は、ぽたっと床に落ちて広がる。


「俺は、君を愛していた。これからも、誰といても、君だけを想い続ける」

「っ」


 ぽろりとシュゼットの目からも涙が落ちた。


「私もあなたを愛しています。永遠に、あなただけを……」


 二人はお互いに見つめ合いながら、決して近づこうとしなかった。


 こんなに近い場所にいて、愛し合っているのに、結ばれてはならない関係。


 もしも結婚する前に、本来の姿で二人が出会えていたら、きっとこんな不幸な結末は迎えなかった。


「さようなら、シュゼット」


 ボロボロと泣くシュゼットを置いて、ラウルは踵を返した。


 扉が閉まる音が響く部屋で、シュゼットは床に崩れ落ちる。


「……私は、どうして王妃なのでしょう」


 別れを告げたばかりなのに、もうラウルが恋しかった。


 ラウルは、おさがり姫と揶揄される人生を受け入れてきたシュゼットが、初めて自力で手に入れたいと願った人だった。


 エリック・ダーエの小説なら、初恋は必ず叶うものなのに――。


「馬鹿ですね、私は」


 シュゼットは愚かな自分を嘲笑った。


 これは小説じゃない。

 現実はいつだって非情で残酷なのだ。


 シュゼットの初めての恋は、当たり前のように終わってしまった。



切ないエピソードのあとですが、安心してください。

この物語はハッピーエンド確約です!

引き続き「おさがり姫の再婚」をよろしくお願いいたします。

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