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56話 ラウルとシュゼット

 真夜中、夜着にガウンを羽織ったシュゼットは、ベールを被り、書庫で発見した宮廷録を持って寝室を出た。


 暗い廊下には誰もいない。

 ラウルのことだから人払いをしておいてくれたのだろう。


 シュゼットの方も、今晩は静かに眠りたいとメグに話して、早い時間から侍女たちに下がってもらっていた。


 肌寒いのは、夜になって気温が下がったのか、はたまたシュゼットがこれから起きることに怯えているせいなのか。


 緊張でこわばった体が冷えて指先が痛い。

 足は鉛を付けられているように重い。


(それでも、行かなければいけません)


 待っている彼のため、シュゼットは息をひそめて図書室を目指した。

 彫刻をほどこした扉を、音を立てないように開けると――。


「お待ちしておりました」


 中には、すでにラウルがいた。


 まばゆい金髪をかきあげ、闇と同化するような黒いマントを羽織った姿は、地獄を統べるという魔王のようだ。


 室内には他に誰もいない。

 照明もついていなくて暗い。窓から差し込む月光だけが頼りだ。


「もっと早くに来ればよかったですね」


 彼に近付いてベールを外す。

 下ろしたピンクブラウンの髪がさらりと揺れるのを見て、ラウルは感極まった様子で息を吐いた。


「……君が王妃だと気づかなかった」


 前髪をかき乱してラウルは言う。

 口調はエリックの時のそれだった。


 どんな顔で彼に会ったらいいか分からなかったシュゼットは、その声で力が抜けて〝シシィ〟のときのような自然体になれた。


「私も驚きました。ダーエ先生がこんな身近にいるなんて、考えたこともありませんでしたから」


 エリックが同じ宮殿の中に、しかも王妃と国王補佐という近くも遠くもない立場にいるとは思わなかった。


 シュゼットがいつもベールを被っていて人と目線を合わせる必要がなかったのも、ラウルがエリックと同一人物だと気づけなかった原因の一つだ。


 そして、ラウルもまたベール越しのシュゼットの顔は見ていない。

 結婚式の際、マリアベールを上げた時も彼は背後にいた。


 近いところですれ違っていた二人は、今までの埋め合わせをするかのように見つめ合った。


 白んだ光を吸い込んだラウルの瞳には、ちょっと不安そうなシュゼットが映る。


「国王補佐のお仕事で忙しいのに、どうして小説家になったのですか?」


「宮殿で汚いものをたくさん見たから、少しだけでも夢を見たかったんだ。現実から逃げるための舞台装置として執筆を始めた。君のように純粋に楽しんでくれている読者に、俺は自分の苦しみをぶつけた作品を読ませていたんだ」


 ラウルは手を伸ばしてシュゼットの頬に触れた。

 冷たい指先にあの雨の夜を思い出して、胸が熱くなる。


 目の前のラウルは、前髪を下ろし、眉間の皺もなく、力の抜けた目には丸みがある。

 これが本来の彼なのだ。


 シュゼットが恋したエリック・ダーエの姿こそが本物で、エリックの顔で告げられた言葉の全てが嘘じゃない。


「どんな経緯で書かれた物でも、私はダーエ先生の作品が好きです」


 食い入るように見つめてくるシュゼットに、ラウルは照れくさそうに笑った。


「ありがとう。だが、もっと現実と向き合っていればよかった。そうすれば、君が自分をないがしろにする夫の話をしてくれたときに、王妃だと気づけたかもしれない」


「無理ですよ。王妃が一人で街を歩いているとは誰も思わないですし、ベールも被っていませんでしたから」


 シュゼットが前髪を指でいじると、ラウルは不思議そうに問いかけてきた。


「顔を隠しているのは、傷跡のせいなのか?」

「ええ。ご覧の通り、私は醜いので」


 幼少期に負った消えない傷跡は、誰しもが顔をしかめる代物だ。

 人前に出せる顔じゃないと、カルロッタにや両親、心ない人々にさんざん言われた。


 醜くても大切にしてくれたのは、祖父とメグ、そしてエリックくらいだった。

 十八年も生きて、たったの三人。


 みじめで笑えてくる。


「国王陛下にも言われました。顔に傷跡のあるつまらない女を妻にしたくなかったと。私もそうだろうと思います。こんな顔の女が、王妃になるべきではなかったんです」


 自嘲するシュゼットを、ラウルはそっと抱き寄せた。


「君は傷跡があっても美しい人だ。つまらなくないし、醜くもない……」


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