54話 宮廷録を探して
その日の夕方、シュゼットはジュディチェルリ邸にやってきていた。
王家の馬車を使って、正式な手順を踏んでの里帰りだ。
(嫁いでからの疲れが溜まっていると嘘をついたのは心が痛みます)
しかし、そうでもしないとシュゼットはこの家には入れなかった。
休養のためなので、身にまとうドレスはゆったりしている。
顔を隠すベールを被り、お守り代わりの万年筆もこっそり服の下に忍ばせていた。
けれど馬車を降りて、出迎えた両親の苦い顔を見たら、胃がしゅんと縮こまった。
不審げな表情からは、「なぜ戻ってきた」「もう顔を見なくてすむと思ったのに」そんな心の声が聞こえてくるようだ。
カルロッタが外泊していたのは不幸中の幸いだ。
おかげで詮索されることもなく書庫に通された。
(ここに来るのは久しぶりです)
シュゼットはベールを外して、書庫の中をよく見た。
二階分の壁に本棚が作りつけられていて、中央に置かれた書見台をかねた机には古びた羽根ペンがある。
絨毯やカーテンの類は一切なく、歩くとコツコツと足音が響いた。
ここは、正面玄関からもっとも遠い屋敷の最奥にある。
主に使用していた祖父は、シュゼットが五歳の頃に病みついて療養地へ移動してこの家には帰って来なかった。
他に利用者はいなかったので、床や棚にはうっすら埃が積もっている。
一人分の新しい足跡は、メグに頼まれて宮廷録を探したメイドのものだろう。
(結局、見つからなかったと聞いています)
シュゼットも足跡と同じく宮廷録の前で立ち止まった。
深緑色の分厚い書物は、隊列を組んだ騎士のようにお行儀よく並んでいたが、ちょうどエリック・ダーエ――ラウルに頼まれた三十年前から六年の間の分だけ隙間がある。
(おじいさまは文官らしい几帳面な方でした。紛失するはずがありません)
本棚の間を歩き回って、どこかに紛れ込んでいないか探すが見つからない。
「どこかにあるはずです」
『何を探しているんだね?』
学者のように規律正しい話し方で、肖像画が語りかけてきた。
書庫の壁にはいくつかそういう額があって、どの絵がしゃべったのだろうと視線を泳がせていると、
『ここだ、シュゼット。まさかおじいさまの顔を忘れてしまったのかね』
祖父の肖像画から声が聞こえた。
やせて目の下がくぼんだ老人の絵に、シュゼットは令嬢らしいカーテシーを見せた。
「お久しぶりです。おじいさまのことはちゃんと覚えております。家族の中で私に優しくしてくれたのはおじいさまだけでした」
『辛い思いをしたのだね。だがもう大丈夫だよ。わたしがお前の力になろう』
「ありがとうございます!」
この言葉は、肖像画が意思を持ってしゃべっているに過ぎない。
祖父本人の言葉ではないのにちゃんと祖父の声で聞こえるから、シュゼットは柄にもなく感動してしまった。
「おじいさま、宮廷録の一部がなくなっているのです。どこに移されたのですか?」
『なくなった宮廷録は知らないな。だが、隠す場所は分かっている。お前も知っているはずだ』
「私もですか?」