53話 国王補佐の正体
ビクッとしたシュゼットは、顔をあげて息をのんだ。
初めてまともに見たラウルの顔つきは、いつもの彼とは異なっていた。
剣のようにつり上がった瞳は丸く、眉間の皺も薄れて、細い眉は真横に伸びる。
覇気が抜けたその顔は、
「ダーエ先生?」
シュゼットが焦がれて止まない小説家そっくりだった。
そっくりというレベルではない。
前髪を下ろしたらエリックそのものだ。
(こんなことがあるのでしょうか)
今まで、ラウルの顔をしっかり確認したことはない。
シュゼットの視界はベールにさえぎられているし、恐怖感から直視してこなかった。
でも、この至近距離で見つめ合えばさすがに分かる。
シュゼットを抱き寄せた腕の感触は、雨の晩に抱きしめてくれたエリックと同じだ。
(どうして)
動揺で瞳が揺れる。
けれど、ラウルから視線を外せない。
彼の方も、虚を突かれた表情でシュゼットを見つめていた。
澄んだ碧色の奥に、わずかな後悔がにじんでいる気がしてシュゼットは唇を噛んだ。
王妃である自分と国王補佐が個別に会い、手紙をやり取りしていたと明るみになれば、王侯貴族を巻き込んだ大問題になる。
(私は、知らないうちに過ちを犯していたようです)
シュゼットが真っ青になるのに気づいて、ラウルは椅子に座らせてくれた。
「……失礼しました、王妃様」
一礼する彼は、すっかり険しい国王補佐の表情に戻っていた。
素知らぬ顔で落ちた原稿を拾い集めて、シュゼットの前にそろえて置く。
「落とされましたよ」
「あ、りがとうございます……」
震える声で返事をしたシュゼットに、立ち上がったラウルは耳打ちする。
「明日の夜、ここで待っています」
「!」
低く豊かなその声は、死刑宣告のようにシュゼットの頭に響いた。