52話 ベールの奥の正体
「ご機嫌麗しく存じます、王妃様。先日はリシャール様がお世話になったそうですね。王妃様のおかげで薔薇が元気になりそうだと話してくれました」
王弟のリシャールは、ルフェーブル公爵家に滞在している。
実の兄であるアンドレよりもラウルに懐いているともっぱらの噂だったが、やはり親しいようだ。
(リシャール様の懐きようからしても、ラウル殿は見た目ほど怖い人ではないのですよね)
以前、王太后の側近たちからかばってくれたし……。
期待を寄せてラウルに視線を送るが、ベール越しに見えた口元がひん曲がっていたので、シュゼットはさっと視線を下げる。
直視できない。いい人だと分かっていても、怖いものは怖い。
恐ろしいのは顔だけではなかった。
ラウルは、アンドレの代理となって実際に国政を動かしている。
もし原稿を見られて、シュゼットにエリック・ダーエと個人的なつながりがあると知られたら厄介だ。
(有能なこの人に疑われたら、ダーエ先生に迷惑がかかります)
エリックを守るためにも、ここは早く解放されたいところだ。
「いいえ、お世話になったのは私の方です。庭仕事に興味があったので、お手伝いさせていただけて嬉しかったです。私の侍女がたまたま植物に詳しくてお役に立てて幸いでした」
世間話を終わらせるつもりで返したが、ラウルはさらに突っ込んできた。
「そうなのですか? リシャール様は、王妃様が薔薇と話して、なぜ元気がないのか教えてもらっていたと話していましたよ」
「しっ、知りません。私は物の声なんて聞こえませんから!」
シュゼットは焦った。
らしくない大声を出したので、ラウルはぎょっとしている。
(物と話せる力は秘密にしなくてはならないんです!)
薔薇に話しかけたのはリシャールを助けたい一心からだったが、彼からラウルに伝わるとは予想外だった。
異能を受け入れてくれる大人は少数だ。
堅物のラウルに受け入れる度量があるとは思えなくて、シュゼットは胸のうちで震えた。
もう実家で受けていたような扱いは嫌なのに、このままでは逆戻りだ。
「部屋に戻ります」
布袋の上に手をついて立ち上がった。
その拍子に、原稿が崩れてずるっとすべる。
「あ……」
「王妃様!」
倒れかけた体をラウルが抱きとめてくれた。
原稿用紙がバサッと床に落ちる。
それと同時に、白くかすんでいた視界が晴れる。
ベールがシュゼットの頭から落ちたのだ。
さえぎるもののなくなった視界には、ラウルの宮廷服の胸ポケットに差し込まれた万年筆が映る。
碧色の軸は大理石のようなマーブル模様で、キャップは金色。シュゼットがエリックから贈られた物と色違いだった。
万年筆を見つめるシュゼットの真上から、驚いた声が降ってきた。
「シシィ……?」