47話 役立たずの嫁と呼ばれて
(元気を取り戻してくださってよかったです)
ルフェーブル公爵家の者にリシャールを託したシュゼットは、庭師に一輪車を返しにいくメグと別れて宮殿に入った。
靴の泥は洗ってきたけれど、サロペットの土は落とし切れなかった。
部屋に着いたら入浴の準備をしてもらわないと――。
「汚いネズミが歩いていると思ったら……王妃殿下ではありませんか」
通路の先から意地悪な言葉をかけられた。
ぞろぞろと女性ばかり引き連れてやってきたのは、晩餐会でもないのに夜会ドレスに身を包んだ王太后ミランダだった。
シュゼットはサロペットのズボンを指でつまみ、片足を下げるカーテシーで挨拶する。
「王太后様、ご機嫌麗しく存じます」
「残念ながら少しも麗しくないわ。何なんです。その汚い格好は?」
羽根扇を口にかざしたミランダが目配せすると、側近たちはクスクス笑った。
(嫌な空気です)
大人が好きなだけいたぶっていい獲物を見つけたときに放つ独特な雰囲気は、シュゼットにジュディチェルリ家を思い起こさせた。
けれど、逃げるわけにもいかない。
震えそうになるのをぐっとこらえて、シュゼットは視線を下げ続ける。
「お見苦しくて申し訳ございません。リシャール様が宮殿の庭で育てている、薔薇の手入れを手伝ってまいりました」
「あの泥棒猫の子の手伝いねぇ」
ミランダの声には棘があった。
機嫌を損なったとシュゼットが気づいたのは、畳んだ扇の先でクイっと顎を上げさせられた後だ。
「泥だらけになって庭仕事をするのが王妃の仕事? 違うでしょう。貴方の役目はお世継ぎを産むことなの。そんなことしてるから、アンドレに放っておかれるのよ。初夜もまだだって言うじゃない」
「なぜ、それをご存じなのですか……」
おののくシュゼットの目に、ギラギラした側近と侍女たちの顔が飛び込んでくる。
(王太后様の手の者が宮殿にやってきていたのは、私の噂を集めるためだったんですね)
宮殿に出入りしていれば、アンドレが街の女性を呼びつけていることも、彼がどこで夜を明かしているかも筒抜けだろう。
ミランダは、シュゼットがろくに受け答えできないと見るや否や、扇で頬をパンと叩いた。
「きゃっ」
「この役立たず。跡継ぎも産まないくせに、よく宮殿にいられたものよね」
よろめいたシュゼットに追い打ちをかけるように、ミランダは残念がった。
「やっぱり、顔に傷跡のある女が相手じゃだめだったのよ。可哀相なアンドレ。こんな醜い女をあてがわれて。貴方、アンドレに謝ったの?」
「い、いいえ」
「なぜ謝らないの? アンドレが寝室に来ないのは、貴方が悪いのに」
まるでシュゼットに原因があると言わんばかりに、ミランダは問う。
(悪いのは、私なのですか?)
目の前が一気に暗くなった。
国王の訪れがなくても、王妃としての役目をしっかり果たしていれば、ここにいられると思っていた。
それは間違いだった。
国王の子を生めないとなれば、シュゼットは王妃失格。
役立たずの烙印を押されて、虐げられる人生が待っている。
(ここも私の居場所ではない……)
これまでシュゼットを支えてくれていた、王妃としての矜持が音を立てて崩れていく。
ミランダの言葉が、アンドレの声が、頭の中で反響する。
――醜い。顔に傷跡があるなんて。
地味で、暗くて、つまらない女。
もしもカルロッタだったなら――
(お姉様だったら、陛下は愛してくださったのでしょうか?)
答えが出ない。シュゼットはアンドレではないからだ。
結婚してから今まで、彼の気持ちが理解できたことなど一度もなかった。
知ろうとしなかったことも罪なのだろうか。
分からない。
わからない。
ただただシュゼットは絶望していた。
顔を隠しても、努力しても、耐え忍んでも認められないというなら。
(もう、ここにはいられません)
「……失礼します」