46話 王弟は兄の妻に恋をする
返事を待っていると、薔薇はおばあちゃんみたいな声で返してくれた。
『体がかゆくてねえ。とても咲く気にならないんだよ。何かついていないかい?』
「体がかゆいそうです。何かくっついていませんか?」
すると、リシャールはピンときた顔で、茎についていた白い粒を指さした。
「最近この粒が付くようになったんです! 虫みたいなんですけどよく分からなくて……」
「私は樹木に詳しくないんですよね。メグ、手伝ってもらえますか?」
庭園の外に控えていたメグに呼びかける。
彼女は、ジュディチェルリ家の庭のすみにこっそり家庭菜園を作っていて、とれた野菜をシュゼットに食べさせてくれていたので、侍女ながら庭仕事もできる。
メグは、茎を観察するとすぐに「カイガラムシですね」と正体を教えてくれた。
「庭の花を弱らせる害虫です。手で取りのぞいて、綺麗になった茎に木酢液をかけると予防できますよ。庭師小屋まで行ってもらってきます」
てきぱきと行動するメグに、リシャールは目を輝かせた。
「王妃様の侍女さん、お詳しいんですね」
「メグはすごい人なんですよ。私の大切な味方です。今のうちに虫を取りのぞいてしまいましょうか」
「はい!」
シュゼットはリシャールと共に、薔薇についたカイガラムシを一つ一つ駆除していった。
作業が終わるころ、メグが黒っぽい液体を持ってきてくれた。
これが木酢液らしい。
霧吹きに入れて茎にかけていくと、ツンとした刺激臭がした。
全ての作業が終わったのは、おやつ時を過ぎて夕方にさしかかる頃だった。
「やっと終わりましたね」
ふうと額の汗をぬぐった拍子にベールがずれた。
彼の視線が額に釘付けになっているのを見て、シュゼットはヒヤッとする。
(傷跡を見られてしまいました……)
未成年であるリシャールは、アンドレとシュゼットの結婚式に参加していない。ベールを取り去った顔を見ていなかった。
きっとリシャールも、アンドレのようにシュゼットを醜いと思っただろう。
エリックは気にしなかったけれど、彼のような聖人はごくわずかなのだ。
シュゼットは慌ててベールを被り直す。
「王妃様……」
リシャールは、ぽうっとのぼせたような表情をしていたが、我に返って両手を組み合わせた。
「王妃様がこんなにお美しい方だとは思いませんでした」
「美しい?」
想定外の誉め言葉に、シュゼットはきょとんとする。
「リシャール様、お世辞はけっこうです」
「お世辞なんかじゃありません!」
懸命に首を振って、リシャールは再度シュゼットを見上げた。
夕日を映したオレンジ色の瞳の中に、ベールを被ったシュゼットが写っている。
その表情は、初めてできた恋人に向けるような、うっとりしたものだった。
「僕、ずっと優しいお兄さんかお姉さんが欲しいと思っていたんです。これからは王妃様でなく、シュゼットお姉様とお呼びしてもいいですか?」
「かまいませんよ。これからも仲良くしてくださいね、リシャール様」
にっこり微笑めば、リシャールの頬は真っ赤に染まった。
まさか義弟に惚れられたとは、シュゼットは思いもしなかった。