42話 王太后ミランダのうわさ
結婚式から約二カ月が経ち、国王と近しい人々を招いて晩餐会が行われることになった。
参加者はシュゼットとアンドレの他、アンドレの母親である王太后ミランダ、今は宮殿を出て暮らしている王弟リシャール。
さらに王家との関わりが深い宰相のルフェーブル公爵も出席する。
この面子だとラウルもいるはずだ。
(この間、助けてもらったお礼を言えていないので、どこかで話せるといいのですが……)
シュゼットはラウルが怖くて苦手だった。
いつも顔をしかめているし、話し方も堅苦しい。
なにより鋭くつり上がった目が恐ろしい。背中を見せたら刺されそうな迫力があるので、ラウルの顔は直視しないようにしていた。
けれどあの一件で、彼が本当は優しい人なのだと気づけた。
アンドレに避けられているのはシュゼットのせいではないと、はっきり言ってくれたのは彼だけだ。
味方がいる。
それだけで、シュゼットは鳥籠のような宮中で頑張れそうな気がした。
「王妃様。今日はいつもの晩餐とは違いますから、気合いを入れてお洒落しましょう。あの王太后もいらっしゃることですし、負けていられません」
着替え用の衝立の奥に入ったシュゼットは、腕まくりをしたメグの言葉に首を傾げた。
(あの?)
ミランダのことはたびたび見かけていた。
結婚式の後に形式ばった自己紹介もしている。新たに王家に入りますと挨拶するシュゼットに、ミランダは弓のような眉をしならせて笑いかけてくれた。
金糸を贅沢に使ったドレスはボリューミーで、ミランダの手を握って一礼するのは一苦労だった。
「あの王太后とはどういうことですか?」
尋ねると、化粧品やアクセサリーを持って忙しなく動いていた侍女たちが止まった。
メグは「ついにその質問が来てしまいましたか……」と恨めしそうに語り出した。
「王太后様が宮殿の奥にある別邸で暮らしているのはご存じですよね。彼女の側近や世話人、侍女は女性ばかりなんです」
「知っています。亡くなった前王へ誓いを立てて、そばに男性を置かないようにしているそうですね」
献身的な未亡人だ。
だが、ミランダは夜会で男性を同伴している姿をよく目撃されているらしい。
メグは、そばに女性しか置かないのは、彼女が宮殿で権威を失わないためのポーズだと言う。
「王太后の側仕えたちは、宮殿まで出張ってきて、我が物顔で私たちに命令してくるんですよ」
周りもそうそうと頷いた。
ソバカスの侍女なんて、顔を真っ赤にして腹立たしそうに訴えてくる。
「あの人たち、自分たちが宮殿で一番偉いと思っているんですよ! ここはもう国王陛下と王妃様の居場所なのに!!」
「落ち着きなさい。すみません、王妃様。これから王太后様にお逢いになるのに」
メグに謝られたが、シュゼットはぶんぶんと首を振った。
「私は気にしません。王太后様は、とても気位の高い方だと教授から聞いています。たぶん、侍女さんたちもそれに影響を受けているのでしょう」
環境が人を変えてしまうというのは、よくあることだ。
カルロッタや両親がシュゼットを虐げていたのも、使用人たちが見下してきたのも、ジュディチェルリ家にそういう空気ができあがっていたせいである。
人の幸不幸はほとんどが環境で決まる。
幸せな状態にいる人は不運なことが起きてもすぐに立て直せるが、不幸せな状態では小さなつまずきが大きなことのように感じられて、くよくよ生きる人間になってしまう。
この宮殿で、メグや侍女たちに幸せな環境を作ってあげられるのは、王妃であるシュゼットだけだ。
(みんなが酷い目に合わないように、私が気をつけないといけませんね)
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引き続き「おさがり姫の再婚」をよろしくお願いいたします。




