41話 逢瀬は裏切りに入りますか
シュゼットは読書中の興奮を思い出すように感想を述べていった。
王妃に恋をしてしまった騎士は、宮中で辛い思いをしている彼女のために奔走する。
争う貴族間の調停に動いたことも、王妃を守るために戦場を駆け抜けたこともあった。
「あんな風に好きな人のために生きられたら、どんなに素敵なことでしょう。読んでいて、私もあの騎士のようになりたかったんだと気づいたんです。たとえ叶わなくてもいい。心から好きと言える人のために命をかけて戦って、最後には相手の腕の中で永遠の眠りにつくんです」
切なく愛おしいラストシーンを思い出して、シュゼットは胸を震えさせた。
『騎士は王妃に恋してる』は純愛の、そして悲恋の物語だった。
主人公の騎士は、王妃を敵襲から逃がす最中に致命傷を負ってしまう。
王妃に自分を置いて行ってくださいと告げる騎士。
しかし王妃は彼の最後を看取りたいと抱きしめる。
言い残すことはないかと言われ、最後にどうしても知っておいてほしいと自分の想いを伝える騎士。
彼の献身に心から感謝していた王妃は、私も愛していると告げてキスを贈る。
目を閉じた騎士は、そのまま、大好きな人の腕の中で、幸福に包まれながら絶命した――。
読破したシュゼットは、瞳から滝のように落ちる涙を止められなかった。
メグが目を真っ赤にするわけだ。
真面目な顔でシュゼットの感想を聞いていたエリックは、少し目をうるませていた。
「ああ、気にしないでくれ。嬉しくて感極まった」
そして、指で目頭を押さえて「あの話を書いてよかった」と呟く。
「君をこんなにも喜ばせられたのなら本望だ。俺は、あの騎士のようにここで死んでもいい」
「ええっ。死んではだめです。長生きしてたくさん小説を書いてください!」
濃い紅茶も禁止です!
口走るシュゼットの唇に、エリックは人差し指を押し当てて薄く笑う。
「しーっ。あまり騒ぐと店主が来る」
「!」
急に声をひそめられて、悪いことをしているみたいな気分になった。
ドキドキする胸を両手で押さえて、シュゼットは硬直する。
(唇に、ダーエ先生の、指が!)
触れられた部分が、火でも付いているように熱い。
男性に触れられるのが苦手なシュゼットだが、エリックの指は平気だった。
恥ずかしいけれど、急に終わらせられたらそれはそれで残念な気がする。
複雑な気持ちに引っ張られて百面相するシュゼットは、エリックの笑いをさそった。
「すまない。そんなに動揺されるとは」
指が離れて、唇が涼しくなる。
「あ……」
名残惜しく指を目で追うと、エリックに眉を下げられてしまった。
「そんな顔をしないでくれ。苦しくなる」
エリックは、ソファに立てかけていた鞄から手のひらサイズの細長い箱を取り出した。
箱にはピンク色のリボンがかけてある。
「これを君に」
「私に、ですか?」
手渡されたシュゼットは、エリックに勧められてリボンを解いた。
蓋を開くと、中には万年筆が納められていた。
軸は淡いピンク色で、大理石のようなマーブル模様。キャップやクリップには金が使われていて上品なデザインだ。
「可愛いですね。本当にいただいてもよろしいんですか?」
「もちろん。いつも俺が持ち歩いている物の色違いなんだ」
エリックはベストの胸ポケットに入れた万年筆を見せてくれた。
碧色の軸は大理石のようなマーブル模様で、キャップは金色。金髪と碧眼を持つ彼によく似合っていた。
「これで俺への手紙を書いてほしい。できたら、またこの喫茶店で落ち合えないだろうか。君と、もっと話がしたいんだ」
エリックの方から逢いたいと言ってもらえて、シュゼットは嬉しくなった。
(でも……)
若葉が芽を出すように、ためらいが浮かび上がってくる。
シュゼットがひんぱんに宮殿を出るのは難しい。
今日も仮病を使ってしまったが、あまりにも病欠が多いとメグが心配するだろうし、王妃教育の教授たちから医者に連絡が行くだろう。
(これ以上、逢ってはいけません。同じくらいもっと逢いたいです……)
本音と現実の間でぐるぐるする。
どちらに従うべきなのか分からなくて沈黙するシュゼットを、エリックは碧の瞳でじっと見つめてくる。
「シシィ?」
呼ばれてはっとした。
(そうでした)
エリックが逢いたがっているのは、宮廷録を探す約束をしたシシィなのだ。
彼に平気で嘘をついている、卑怯者のシュゼットではない。
このまま逢い続ければ、きっと彼を傷つける。
「……次はいつ来られるか分かりませんが、それでもよろしければ」
シュゼットは、王妃として磨いた愛想笑いでそう答えた。
エリックの方は残念そうな顔で、「楽しみにしている」と社交辞令を返してくれた。