39話 二度目の脱走のち再会
「ここ……でしょうか?」
素朴なワンピースを着たシュゼットは、王都の南にある森の近くで立ち止まった。
目の前には、オレンジがかったレンガを積んだ広めの一軒家がある。
ヒイラギの生えた庭も立派だが、渡したロープには洗濯物が干してあった。
民家にしか見えないが、エリックが訪れる喫茶店の住所はここで間違いない。
(からかわれたのでしょうか?)
誠実そうなエリックがそんなことをするとは思えないけれど……。
辺りをうろうろしていたら、一軒家からスカーフで作った三角巾を頭に巻いた、かっぷくのいいおばさんが顔を出した。
「うちに何か用かい?」
「いいえ。この辺りにある喫茶店を探しているのですが見当たらなくて。何かご存じでしょうか?」
「喫茶店なら上だよ。上」
「上?」
おばさんが指さした方を見上げたシュゼットは驚いた。
二階のバルコニーに、ティーカップの形をした看板がくくりつけられていた。
「偏屈なおじいさんがやっている喫茶店でねえ。噂を聞いてやってきた客がすんなり入店できないようにしてんのさ。でも、いいところもあるよ。あたしら一家を一階に住まわせてくれるところさ。子だくさんだから、普通の平屋じゃ狭くてね。ぼうや、出てきちゃだめだよ」
おばさんの後ろから、二歳くらいの男の子が親指をくわえてこちらに来たそうにしている。
シュゼットが手を振ると、無邪気に振り返してくれた。
「相手してくれてありがとうね」
家に戻るおばさんにお礼を言って、シュゼットは二階につながる外階段を上っていった。
ガラスのはまった戸を開くと、ふわっと蜂蜜の匂いがした。
ランプが灯った室内には、美しいカップとソーサーを並べた飾り棚と年季の入ったカウンターがあり、おすすめ品らしい蜂蜜のスフレケーキがガラスのカバー越しに見えた。
カウンターのなかでパイプをくわえていた白髪の老人が、店主のおじいさんのようだ。
「いらっしゃい」
「こ、こんにちは」
店内を見回すが、他に客はいないようだ。
(ダーエ先生もいないですね)
人気の小説家なので、忙しくて来られない日だってあるだろう。
間が悪い自分に落ち込むけれど、せっかく宮殿の外に出たのだからお茶くらいはしていこう。
「紅茶とスフレケーキを一人前お願いします」
「はいよ。席は自由だ。奥の方にはソファ席もある。そこの本棚の本は好きに読んでいい」
「では、そちらの席にします」
シュゼットは店内を通り抜けて、ソファ席があるという別室への扉を開けた。
(あ……)
濃紺のベルベッドが張られた一人がけのソファに、エリックが座っていた。
もの憂げな横顔も、カップに口をつける何気ない仕草も、彼を形作る全てが美しい。
まるで恋愛小説に出てくる貴公子みたいで、シュゼットは見とれてしまった。
戸を開いたまま動かないでいたら、肩越しに店主が声をかけてきた。
「あんたに惚れちまったみたいだな。何とかしてくれよ、ダーエさん」
呼ばれてこちらを見たエリックは、シュゼットに気づくなり破顔した。
「……来てくれたんだな」