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38話 シシィの小さな駆け引き

「感動しました……」


 ダーエの新刊を読み終えたシュゼットは、止めどなくあふれてくる涙をぬぐった。


 王妃への叶わぬ恋のために奮闘する騎士の恋物語は、普段のダーエ作品と違って男性が主人公だったので、楽しめるか不安だった。


 しかし、不安は杞憂に終わった。

 騎士がとても共感しやすい人柄だったからだ。


 好きな人の一挙一動に揺れ動く恋心にシュゼットはいたく共感して、気づけば一睡もせずに読み切っていた。


 今日は夜に大事な予定があるため、午前中の講義はない。

 その時間を使って手紙への返事を書こうと、シュゼットは書き物机に向かっていた。


 いくつか準備された便箋の中から、ビオラの絵がついた落ち着いたデザインのものを選ぶ。


(ビオラの花言葉は『わたしの胸はあなたでいっぱい』です)


 ダーエは小説家といえど男性だから、シュゼットがこの花を選んだ意味には気づいてくれないだろう。

 それでも、シュゼットは彼への返事にこの花を使いたかった。


  ――親愛なるエリック・ダーエ先生

  先日は素敵なお手紙をありがとうございました。

  こちらこそ、いつも通っていた図書館で憧れの先生に出会えて運命を感じました。

  新刊はあまりの面白さに、あっという間に読み終えてしまいました。

  片思いで終わるはずだった騎士の想いが王妃に届くシーンでは、涙があふれだして文章が見えなかったほどです。

  このお話には続きはあるのでしょうか。あるのでしたらぜひ読んでみたいです。

  約束の宮廷録ですが、今、実家の書庫を探させていますので少し待っていてください。

  そういえば、拾われ妃の宮廷日記にも本を探すシーンがありましたね――。


 シュゼットは実家に戻ることができない。

 そのため、ダーエにお願いされた宮廷録探しは、メグと仲が良かったジュディチェルリ家のメイドに頼んである。

 もちろん、シュゼットの名前は出さずに。


(おじいさまの書庫は本が整理されていますから、すぐ見つかると思うのですが……)


 見つけたという連絡は来なかった。


 ダーエを待たせて悪いという気持ちと、このまま見つからないでほしいという気持ちがないまぜになる。


 なぜなら、宮廷録が見つからなければ、いつまでもこうしてダーエと手紙をやりとりできるからだ。


(私、いつからこんな卑怯な子になってしまったのでしょう)


 こんなにも繋がっていたいと思う人間は初めてだった。


 これまではダーエの小説で描かれる恋愛模様にときめいていた。

 けれど今は、彼の本を見ているだけで胸が騒ぐ。


 作者名を思い浮かべるだけで、金色の髪をした美しい彼を思い浮かべてしまう。


「……いけません」


 エリック・ダーエは憧れの小説家だ。

 それ以上の人にしてしまったら、シュゼットが辛くなる。


 たとえ夫に愛されていなくても結婚している身。しかも王妃なのだ。

 今さら誰かを好きになる資格はない。


(でも、ファンとしてなら会っても許されるのではないでしょうか?)


 シュゼットは悪いことだと理解しながら、手紙の最後に追伸を書き記す。


  ――新刊の感想を直接お伝えしたいのです。どこかでお逢いできないでしょうか。短い時間でもかまいません。お返事を待っています。


 インクが渇いたのを確認して手紙を折りたたんだシュゼットは、出版社の住所を書いた封筒に入れた。

 メグに送ってくれるように頼むと、彼女はファンレターだと誤解してくれた。


「手紙を書いた、ということは、王妃様も読破されたんですね!」

「ええ。感動で涙が止まりませんでした」


 二人が怒涛の勢いで感想を語り合うので、侍女たちが反応に困っている。


(ごめんなさい。でも、この情熱はすぐに共有しないと薄れていってしまうのです)


 一度目の読書ほど素晴らしい時間はないとシュゼットは思っている。


 二度目はあらかた内容が分かった状態で読むので、一度目ほどの驚きがない。

 感想にも熱がこもらず、評論家みたいな意見になってしまいがちだ。


 メグも同意見で、二人は思う存分、はじめての物語から得た感動を語り合った。

 

 エリックからの返事が届いたのは、その五日後。

 毎週水曜日に訪れる喫茶店があるという、遠回しなお誘いが書かれていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 素敵な本の感想を語り合える友がいてよかったね…!! 読書は特に1度目が最高ですよね…あまりに素晴らしい話はすぐに記憶喪失になって全てを忘れてもう一度読み返せたら…!!って思いますもんね…。 …
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