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37話 まだ恋とは認めたくない

 それから十七年もラウルはアンドレを見守ってきた。

 しかし、愚かな子どもは愚かなまま大人になってしまった。


 アンドレは国王の権威だけふりかざし、政治はラウルに丸投げして、酒に女にと遊び惚けている。


 母親である王太后もそれを注意せず、あちらはあちらで王家の財産を食いつぶすような散財を繰り返していた。


 彼女は、前王が崩御して喪に服す間に、豪華な舞踏会を開こうとした前科がある。

 そのときは、ラウルの父である宰相が必死に説得して止めさせたが、まさにこの親にしてこの子ありだ。


(クズしかいないのか、この宮殿は)


 責任と仕事に忙殺されたラウルが想像の世界に逃げたくなるのも無理はなかった。


「陛下。とにかく王妃殿下をないがしろにするのをお止めください。夜は必ず国王夫妻の寝室で眠ること。いいですね?」


 ため息をつくラウルに、アンドレはべーっと舌を出す。


「絶対に嫌だ。文句があるなら、お前があのつまらない女を魅力的にしてくれない? 僕が好きで好きでたまらなくなるような魅力的な女にしてくれたら、お前がお望みの夫婦生活を送ってやるよ」


「……陛下の好きそうな女性に、王妃は務まりません」


 アンドレの好みは、カルロッタのような軽薄で、後先を考えない、自由奔放な女性だ。


 ラウルは五年ほど前、カルロッタと一時的に婚約していた。

 もちろん、ラウルが望んでした婚約ではない。

 シュゼットの姉と宰相の息子が結ばれれば、将来の国王と王妃を献身的に支えてくれるだろうというのが、周りの目論見だった。


 しかし、ラウルは冷めていた。

 べたべた腕にまとわりつかれるのも、わざと胸を露出させて誘惑するのも、馬鹿っぽく話すのも、全てが不愉快だった。


 貴族の結婚は政略的なものなので耐えたが、カルロッタは、ラウルが義務的な受け答えしかしないと分かると別の貴族令息と付き合うようになった。


 政略的でも婚約は婚約だ。

 不貞を理由に、ラウルはカルロッタとの婚約を破棄した。


(あんなのと結婚するくらいなら、一生独身でいい)


 カルロッタのような女性を王妃にしてしまえば、この国はめちゃくちゃになるだろう。


 無理だと首を振ったら、アンドレは興味を失って立ち上がった。


「じゃあ、交渉決裂。あきらめて」

「お待ちください、陛下。話はまだ終わっていません」


 ラウルの呼び声は無視された。

 アンドレがいなくなった静かな部屋で、ぐったりと椅子に崩れ落ちる。


「……どいつもこいつも人を馬鹿にして」


 吐き出すように呟く。


 現実から逃げ出す妄想をしようとしたら、ふっとシシィの笑顔が浮かんできた。

 彼女のように素直で表情豊かな女性が妻になっていたら、アンドレも独占したいと思っただろう。


 シシィの笑顔にはふしぎな魅力があった。

 透明感のある優しい声は聴いているだけで胸を震わせ、小鳥のような可憐な顔立ちは一度見たら忘れられない。


 忘れないどころか、今すぐに会いたいとすら思う。


「彼女は、俺の手紙を読んでくれただろうか……」


 切なく騒ぐ胸に手を当てたラウルは、恋をしているような甘いため息をついて、はたと我に返る。


「違う、俺は」


 首を振って淡く色づいた気持ちを振り払い、鍵のついた引き出しを開ける。

 取り出したのは書きかけの原稿用紙だ。


 恋も遊びもせず生真面目に生きてきたラウルには、この衝動を発散する方法を、小説を書く他に知らなかった。


(シシィ、俺は君に恋しているんじゃない)


 やみくもにペンを動かし、話の先を書きなぐる。


(ただ、作者として君を喜ばせたいだけなんだ)


 だから、彼女を想うのは変なことではない――。


 素の顔つきに戻ったラウルは、その日は、バルドが様子を見にやってくるまで、政務そっちのけで執筆活動に打ち込んでしまった。


 国王補佐の仕事で残業になったのは言うまでもない。


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