34話 王妃としての矜持
はっとするような低い声がした。
通路の先にラウルがいて、シュゼットを笑いものにしていた王太后の従者たちをにらみつけている。
「さすがは王太后仕えの者だ。王妃殿下に対してずいぶんな口を聞くのだな。不敬罪は問答無用で処刑だが、そうなる覚悟があってのことか?」
「い、いいえ!」
従者たちは青を通り越して白い顔になって震えた。
ラウルの機嫌一つで処刑になるかどうか決まる瀬戸際だ。
シュゼットは見ていられずに声を出した。
「ラウル殿、彼女たちを許して差し上げてください。私の顔に傷跡があるのは本当のことですし、国王陛下のご興味を引けないのも私が悪いのです」
「王妃様……」
いじめた相手にかばわれて、従者たちは息をのんだ。
虚を突かれたのはラウルも同様で、驚いたように目を見開く。
(私が言い返さないと思っていたのでしょう)
けれど、シュゼットは壇の上に飾られているだけのお人形ではない。
「私がフィルマン王国の王妃として宮殿に集う方々に認められないのは、ひとえに私の力不足です。この場での言葉は、私への罵倒ではなく教示に他なりません。誰にも罵られない立派な王妃になるために務めなさい、と」
だから、不敬の件は不問とします。
きっぱり告げたシュゼットに、周りの者たちは引き込まれていた。
頼りなさげに見えていた新米王妃が、予想もしなかった気高さで自分たちに命じている。
彼らの上に立つラウルもまた、シュゼットに心を奪われていた。
「貴女は、本当に……」
ラウルは何か言いかけて首を振り、鋭い視線をメグに向ける。
「君の主は疲れておいでのようだ。気をつけてお部屋までお連れしなさい。王妃殿下――」
ふわっとベールが揺れたのは、足下にラウルがひざまずいたせいだ。
ラウルはベールの中をのぞき込もうとはせずに、碧眼が見えなくなるまで目を伏せた。
「貴女の寛大なお心に感謝します。側近たちのご無礼を優しくお許しになったと、王太后殿下に必ずお伝えします」
うやうやしく頭を下げたラウルは、立ち上がって通路を開けさせた。
シュゼットが彼の横を通りすぎる刹那、小声で呟かれる。
「国王陛下の訪れがないのは貴女のせいではありません」
(え……?)
振り向いたときには、ラウルは大聖堂から出てきた宰相の元へ向かっていた。
彼の声が聞こえていたのか、メグが胸を抑えてメロメロになっている。
「今のラウル様、かっこよかったですね。王妃様!」
「そう……ですね」
ラウルの声は耳に残った。
心に染みる低音のなかに一さじの優しさが溶け込んでいて、誠実な人柄が伝わってくるようだった。
(気のせいでなければ、誰かに似ているような気がしました)
王妃になってから、王妃教育や面会などで関わる人が増えたので、具体的に誰なのか思い出せない。
あの人でもない、この人でもないと、一人で考えているうちに自室に到着していた。
悩んだおかげで、先ほど感じた胸の痛みは消えていた。
(ラウル殿に感謝ですね)