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33話 傷物の花嫁によせて

 王妃の役割の一つに、月に一度の礼拝がある。

 結婚式をあげたあの大聖堂におもむいて、国王とともに国の平和と繁栄を祈るのだ。


 いつも通り頭にベールを被って聖堂に入ったシュゼットは、ラウルにせっつかれてやってきたアンドレと並んで祈りを捧げた。


 公的な儀式なので、宰相を務めるルフェーブル公爵や今は宮殿と離れた別邸で暮らしている王太后も列席していた。


 ルフェーブル公爵は、もったりした口ひげをたくわえた優しそうな紳士で、ラウルとはあまり似ていない。

 あの鋭い目つきは母親似なのかもしれない。


(ルフェーブル公爵夫人は結婚式に参列していたはずですが、しっかりお顔を見ていませんでした)


 王太后は、深紅のドレスにミンクのファーをかけた豪華な装いで、扇を仰ぎながらこちらを観察している。

 アンドレと同じ色に光る瞳がシュゼットは少し苦手だ。

 どことなくカルロッタを思い出すのである。


 王太后の両脇に並ぶ美しい女性は側近だという。

 彼女は身の回りに女性しか置かないことで有名だった。


 神の像に一礼したシュゼットは、隣にいるアンドレがこちらを見ていることに気づいた。


(何でしょう?)


 そっと自分の体を見下ろしてみる。

 総レースの白いドレスは、袖もウエストも体にそったデザインで、裾が膨らんだスカートが華やかだ。

 前回は気が塞いでいたこともあり質素なドレスを身につけていたので、今日の服装が物珍しかったのかもしれない。


 しかし、何か言うわけでもなくアンドレは聖堂を出ていく。

 後に続いたシュゼットは、この機会を逃したらだめだと勇気を振り絞った。


「あの、国王陛下」


 呼ばれたアンドレは立ち止まった。

 通路の先には国王の侍従たち、宰相と王太后の従者など大勢の人々が待機していて、シュゼットとアンドレを見守っている。


「なに?」

「ど、どうでしょうか。今日のドレスは?」


 引き留めてする話ではないと分かっていた。でも、他に話のネタが見つからない。


 シュゼットはアンドレとほとんど顔を合わせないで生活しているのだ。

 夫が何を好きで、何に興味があるのか、妻なのに少しも知らない。


(どうか、お答えください)


 礼拝のときより必死に祈ると、アンドレは面倒くさそうに返事をした。


「そんな会話しかできないの? 醜いうえに、つまらない女」


 酷い言葉が、心に突き刺さった。


(醜くて、つまらない女……)


 自覚はあった。

 けれど、アンドレに指摘された衝撃に、シュゼットの胸は紐でぎりぎりと縛り上げられたように痛んだ。


 絶句するシュゼットに興味をなくして、アンドレは去っていった。

 後を追う侍従を押しのけて、メグが駆け寄ってきた。


「王妃様、お部屋に戻りましょう」

「はい……」


 踏み出した足はふらついていた。

 よたよた歩くシュゼットを見て、王太后の従者たちが嘲笑する。


「結婚相手があれだと国王陛下がお可哀そうだわ」

「どんなに綺麗なドレスを着ていても、肝心の顔が傷物じゃあね」


 投げかけられる罵倒に、シュゼットは唇を噛んで耐えた。


(動じてはいけません)


 ジュディチェルリ家で受けた仕打ちに比べれば、痛くも痒くもない――はずなのに、シュゼットはボロボロに傷ついていた。


 アンドレに突き刺された心が痛い。

 目に見えない血を流しているそこに、従者たちの罵倒というナイフが飛んでくる。

 王妃という席から動けないシュゼットはいい的だ。


 ざく、ざく、ざく。


 自分が切り刻まれていく音がする。


 痛い。苦しい。泣きたいのに泣けない。


 なぜなら、シュゼットは王妃だから。


 罵倒してくる相手が王太后付きなので、メグも言い返せない。

 シュゼットを支える手をぐっと握りしめて耐えていた。


(ごめんなさい、メグ。こんな情けない主人で――)


「何をしている」


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