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31話 シシィへの手紙

 ――フィルマン王国宮廷録。


 それは、宮廷内で起きたことをつぶさに記録しておく書物のことだ。

 宮殿にはそれ専門の高等文官がいて、毎日の出来事を記している。


 並行して写しも作られ、一年分を一冊に閉じたら公文書館や王立図書館、宮殿内の蔵書室などに納めて永久に保管されるのが決まりだ。


(それなのに、とある年代の宮廷録だけがなくなっている)


 どの施設でも、三十年前から六年の間の記録が抜き取られていた。

 元本も残っておらず、復元すらも不可能というありさまだ。


 紛失に気づいたのはラウルだった。

 次回作は理想の夫婦と讃えられていた前王と王太后をモデルにしたいと考え、資料にするために宮廷録をさかのぼっていたら見つからなかったというわけだ。


 一箇所なら書架の整理の際になくしたと考えられる。

 しかし、どこにもないとなると誰かが処分させた線が濃厚だ。


 ラウルは執筆の手を止めて探し回っていた。


(その六冊には何が書かれていた?)


 当時は、前王と王太后が新婚の頃だ。

 二十七年前にアンドレが生まれたことからも分かる通り、二人は夫婦円満だったと言われている。

 前王の出征の時期も重なるし、その時代に代替わりした貴族も多い。


 犯人になりそうな人間は、この国にごまんといた。

 そして、見つける手立てもほとんどなかった。

 

(それが、個人の家にあるかもしれないとは驚いた)


 下町の孤児院で出会ったシシィは、エリック・ダーエの本の愛読者だった。

 愛らしい雰囲気にほだされて話をしてしまったけれど、本来ダーエは顔も素性もいっさい秘密なのだ。


 国王補佐ラウルが作者だと露見するのを防ぐためである。

 その道理からいえば、個人的に本を渡すような真似も控えるべきだった。


 少女たちの口に戸は立てられない。

 ダーエとつながりを持ったと自慢して歩かれたら、変な興味を持って出版社に突撃してくるファンもいるだろう。


(いいや、彼女は言いふらさない)


 あの短い時間で信じられたからこそ、ラウルは彼女に新刊を渡し、宮廷録を探してくれるように頼んだのだ。


 あとは、彼女が実家にあるという写しを見つけ出してくれるまで待つだけだ。

 ラウルは原稿の横にあった便箋を取り出し、手に取ったペンを走らせた。


 書き出しは、親愛なるシシィ様。

 先日の出会いに感謝することに加え、新刊はどうだったか感想を聞かせてほしいとも書き添える。

 要点は完結に、長ったらしくならないところがラウルらしい。


 短い手紙を封筒に入れて、シシィに教えてもらった住所に届けるようバルドに頼む。


「これを孤児院そばの図書館へ届けてくれ。シシィに渡してほしいと言えば伝わる」

「女性に手紙なんて珍しいですね。ついに恋人ができたんですか?」

「この忙しいのに恋にうつつを抜かしていられない。さっさと行ってきてくれ」

「はいはい。お土産にケーキを買ってきますから、休憩に食べましょうね」


 バルドは手を振って部屋を出て行った。

 便せんやペンを引き出しに戻して再び鍵をかけたラウルは、チェーンを首にかけながら窓の外に目を向ける。


「国王補佐の仕事をしなくては」


 自らに言い聞かせると、ラウルの心に潜んでいた冷徹な自分が顔を出す。

 目つきは鋭く、瞳孔は小さくなり、誰もが怯える恐ろしい形相へと変わっていく。


「この姿で会ったら、さすがの君もエリック・ダーエだと気づかないだろうな……」


 手紙を受け取るシシィの姿を想像して、ラウルは一抹の寂しさを覚えた


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