24話 おさがり姫の大切な場所
すいすい縫い進めたシュゼットは、門番に恋人の名前を聞いてもう片方の手袋に刺繍した。
『いい出来じゃない!』
「ありがとうございます」
満足そうな縫い針の声に小さく答えた。
門番は、完成した品に目をキラキラ輝かせる。
「完璧だ! ほんとうに助かったよ。何かお礼をさせてくれ!」
「では、少し街に行ってきてもいいでしょうか? 午後から休みなので同僚に渡すプレゼントを買いに行きたいのですが、通行証をもらい忘れてしまって……」
「もちろんさ。適当に言っておくよ」
シュゼットは堂々と脇門を通って外に出た。
雑草が生えた小さな道だ。
道の左右は、ずいぶん前に手入れを放棄された並木になっている。
幹のそばに使い古しのバケツやシャベルが落ちているところを見ると、宮殿の庭を手入れする庭師たちが肥料を運ぶために使っている道だろう。
誰ともすれ違わずに街に出たシュゼットは、まっすぐにお目当ての場所へ向かう。
『ダーエの新刊完売』の札が出た本屋は素通りして西へ西へと進んでいくと、やがて庶民らしい雰囲気ただよう住宅街にたどり着いた。
お目当ては、その一角にある大きな煙突のある孤児院だ。
古びた館の前では、一歳から十歳くらいまでの子どもたちが遊んでいた。着ている服が派手なのは、シュゼットがおさがり品をリメイクして作ったからである。
子どもたちはシュゼットを見つけると、いっせいに駆け寄ってきた。
「シュゼットお姉ちゃん、久しぶり!」
「お久しぶりですね、みなさん。お元気でしたか?」
「「「はーい!」」」
元気に手をあげた彼らは、ここで身を寄せ合って暮らしている。
素直な子たちで、傷跡を見ても変に気をつかったりはしない。
腫物扱いが苦手なシュゼットはそれが嬉しくて、ここではいつもベールを外すようにしていた。
この孤児院は、大昔のジュディチェルリ侯爵が作り、金銭的な援助をしてきた。
祖父が大切にしていたので、シュゼットも大事にしなければと思っていた。
しかし、シュゼットの父は資金難からとつぜん援助を打ち切った。
孤児院がなければ眠る場所のない子どもが大勢いるのに、だ。
このまま見捨てていいわけがないと思ったシュゼットは、よく家を抜け出して手伝いに来ていた。
子ども服やバザーで売る品を、おさがりから作って持ってきてもいた。
姉からもらったドレスをお金に変えるのは抵抗があるが、ここの子どもたちに使ってもらえるならいくらでも渡したい。
王妃になったら簡単には来られなくなるので、結婚前に、寝る間を惜しんで作りためたリメイク品を届けたばかりだった。
「お姉ちゃん、今日はどんな物を作ってきたの?」
「ごめんなさい。今日は、ガストン先生にご挨拶に来ただけなんです。リメイク品はまた後で持ってきますね」
王妃は忙しいけれど、夜は自由時間みたいなものなのでいくらでも針仕事ができそうだ。
子どもたちに手を振って別れ、孤児院に併設された図書館へと向かう。
カウンターに行くと、歪んだ眼鏡をかけて蔵書の管理簿に目を通していた老人が目を丸くした。
「王妃様、どうしてここにいるんじゃね?」