22話 宮殿を抜け出す日
宮殿は石造りの城壁で囲まれている。
出入口は正面にある正門と裏門、六つの小さな脇門だけだ。
その全てに門番がいて、通行証を確認しなければ何人たりとも出入りさせてくれない。
シュゼットが出向いて「私は王妃です。通しなさい」と命じても通れないのである。
そこで、シュゼットが実家から持ってきたおさがり品の出番だ。
支度部屋のすみっこに積んでいた木箱から、リメイクして作った地味なワンピースを引っ張り出してベッドの下に隠しておき、昼食後に眠くなったと言って寝室に入る。
もちろん嘘だ。
そうと知られないように、わざとらしくあくびをしていたら、ネグリジェに着替えさせてくれていたメグに心配された。
「お珍しいですね。具合が悪いのでしたら医者を呼びますよ?」
「私は元気です。昨日は陛下を待って夜更かししていたので、そのせいで眠いんだと思います」
「そうでしたか……」
夫が来ないこと持ち出すと、メグは辛そうな顔になってそれ以上は聞いてこなかった。
傷つけて心が痛む。でも、これはメグのためでもあるのだ。
着替え終わったシュゼットは布団に肩まで入って言う。
「とにかくぐっすり寝たいので、晩餐の時間になっても起こさないでくださいね。私が自然に目覚めて廊下に出るまで、誰も近づけないでほしいです。気が散って眠れないので」
「承知しました。おやすみなさいませ、王妃様」
メグが一礼して部屋を出る。
扉ががちゃんと閉まったのを合図にシュゼットは体を起こした。
「さあ、はじめましょう」
ベッドの下からワンピースを引き出して着替える。
いつも被っているベールを身につけると一発で王妃だとばれるし、化粧の仕方も分からないので今日は素顔をさらしたままだ。
顔の傷跡は目立つ。けれど、そもそも傷が残っているのを知っているのはアンドレとメグと身近な侍女たちだけなので、見られても同情されて終わりだろう。
簡単に身支度をととのえて、シュゼットは国王の部屋につながるドアに近寄った。
「こんにちは、ドアさん。お手数ですが、誰にも見つからずに宮殿の外に出る通路があったら教えていただけませんか?」
『愛の逃避行をなさるのね。素敵ですわ』
ドアはうっとりした風に間をおいてから、怒涛のように話し出した。
『第八代王妃のアマンダ様を思い出します。彼女は、平民との道ならぬ恋のために、毎夜、国王陛下がおやすみになってから部屋を抜け出ておられたんですよ。彼女が通った道は宮殿に住むねずみに聞いたことがありますわ。とても険しい道のりだそうですか、それでもお通りになりますか?』
「はい。多少険しくても大丈夫です」
ジュディチェルリ家では毎日、屋根裏部屋へのはしごを下りたり上ったりしていたのだ。
足腰の強さには自信がある。
シュゼットが答えると、ドアはアマンダが使っていた抜け道を教えてくれた。
シュゼットは、聞いた通り支度部屋にあるクローゼットの壁を叩いていく。
すると、左の一番端の壁が揺れた。
隠し扉だ。
押し上げるように圧をくわえて横にずらすと、ひやっとした空気が流れる裏通路に出た。
明かりのない狭い一本道を手探りで進み、突き当たりを同じように押し開けて出る。
出た先は廊下に置いてある彫像の裏だった。
そこからは人目を避けて階段を下り、宮殿の裏に出る。
(誰にも見られずに屋外には出られました。つぎの関門は……)