19話 大切なのは数少ない味方
演技は得意ではないが、王妃らしい雰囲気の作り方はだいぶ上手くなったので、シュゼットは本音を気取られないように背筋を伸ばした。
「実は私、直感がさえているんです。また物を無くしたら私に言ってください。すぐに見つけられると思います」
「ありがとうございます。こんな優しい主に仕えられて、わたし幸せです!」
ソバカスの侍女が感激で泣き始める。
これまでよそよそしかった他の侍女たちも嬉しそうな顔でシュゼットに近付いてきた。
「わたしたちも感謝しています。王妃様は他の王族のように意地悪もなさらず、侍女を一人の人間として扱ってくださいます。こんな素晴らしい方、なかなかいませんよ」
「国王陛下ももうすぐシュゼット様の魅力に気づくはずです」
残念ながらその日は来ないと思うが……。
侍女たちは、いちだんと気合いを入れて肌の手入れをしてくれた。
全身に真珠の粉をはたき込んで、真っ白な鳥の羽根を使って払い落とす。
さわさわと肌をなでる感触がくすぐったくて、シュゼットはクスクスと声をもらした。
(みなさんと仲良くなれてよかったです)
少なくともここでは、寂しい思いをせずにすみそうだ。
笑いをかみ殺しているうちに手入れは終わった。
花の香りをまとって寝室に入ったシュゼットは、アンドレを待たずにベッドへ入る。
ふかふかの布団に肩までもぐると、国王の私室につながるドアが尋ねてきた。
『王妃様、今晩はノブに鍵がかかっているか確かめませんの?』
「いつもかかっているので、今晩も同じだと思います」
式を上げた日から一週間、シュゼットは毎晩ドアノブを回してみた。
しかし、鍵はかかったままだった。
扉が開かないと確かめるたび、胸の奥にあるしこりが大きくなるのを感じる。
しこりの正体はわかっている。
自分の力ではどうにもならないものに期待して、裏切られたと自分勝手に思ったときの気持ち。つまり不満だ。
これ以上、その気持ちを育ててはいけない。
不満は大きくなると苦痛に変わる。苦痛になったらもう取りのぞけない。
だから、シュゼットは鍵を確かめないで眠るのだ。
箱の中にいる猫が生きているかどうかわからないように、確かめなければアンドレがシュゼットのもとに来る可能性はなくならない。
『おうい、それで本当にいいのかい?』
返事を聞きつけたベッドが、太い柱から声を響かせる。
金でできているせいか、その声は立派な舞台に立つバリトン歌手のように華やかだ。
『王妃様、国王にがつんと言ってみなよ。ああいう男は一度しっかり叱ってやらないと反省しないもんだ。後で、何も言わなかったじゃないか、と言われても遅いんだぞ』
いかにもアンドレが言いそうだったので、思わずシュゼットは吹き出してしまった。
「いいえ、待ちます。ダーエの小説でもよくあるんですよ。事情があってヒーローが初夜に現れず、そのまますれ違っていたのが紆余曲折あって両想いになる展開が」
もしもシュゼットが物語の主人公なら、今はこういうシーンのはずだ。
――アンドレはカルロッタに騙されて初夜をすっぽかしたことを悔やみ、シュゼットに許しを乞うタイミングを計っているけれど、政務が忙しくてすれ違ってしまっている――
(それなら、明日にでも来てくださるはずです)
これまで読んだダーエの小説だったらそうなる。
アンドレはシュゼットに謝り、すれ違っていた間をやり直すように二人で甘い時間を過ごすのだ。
幸せな物語を思い浮かべると、胸のもやもやが幸せな気持ちに塗り替えられていく。
だからシュゼットは本が好きだ。苦しさも悲しさも寂しさも忘れさせてくれる。
それがうたかたの幻だとしても。
(眠りましょう。明日は今日より良くなると信じて)
ベッドとドアノブの話に耳を傾けながら、シュゼットは目を閉じた。
その晩は朝までぐっすり眠れたけれど、それから一週間経っても、一カ月経っても、アンドレは寝室に現れなかった。