17話 王妃の日々は多忙です
シュゼットは結婚するまで知らなかったが、王妃の毎日は目まぐるしいほどに忙しかった。
朝七時には起きて、侍女の手で身なりを整えられて朝食をとる。
本来であれば夫である国王と食べるが、アンドレは午後にならないと起きないのでいつも一人きりだ。
その後は、王妃教育のために集められた教師のもとで勉強、勉強、勉強。
フィルマン王国の歴史に始まり、王族らしい立ち居振る舞いや貴族名鑑の暗記、刺繍、乗馬にいたるまでありとあらゆる教養をつけさせられる。
それだけ学んでおかなければ王妃は務まらない。
諸外国からの来賓をもてなしたとき、失礼があれば国際問題になるからだ。
歴史学の教授が言うには、かつて隣国の王女に無礼を働いた王子のせいで、辺境一帯が焼けるような戦になった過去もあったという。
王妃となったシュゼットの責任は大きい。
読書が趣味なだけあって座学が苦にならないのは幸いだった。
特に面白いと感じたのは宮廷史だ。
その時代の有力者が王家に娘を送りこんで成り上がったり、逆に政略結婚に失敗して没落したり。まるで物語の中に入り込んだような気分で勉強できるので、シュゼットは週に二度のこの授業を楽しみにしていた。
軽めの昼食をつまんだら、着替えて乗馬の訓練をする。
貴族が謁見にやってきた日には王妃らしく外見を整えて面会したりもする。
誰と会うにも短いベールは欠かさなかった。
薄布一枚あるだけで安心できる。
お披露目に耐えた結婚式の日が嘘のように、シュゼットは自信をなくしていた。
傷跡がなかったら、アンドレはシュゼットを愛してくれただろうか。
それとも、傷跡があろうともカルロッタの方を選んだだろうか。
答えが出るはずのない問答が、いつもシュゼットの頭の片隅にあった。
憂うつな気持ちは、普段は草むらのような見えづらいところに隠れていて、シュゼットが油断した時に飛び出して、大きな口でパクンと飲み込もうとしてくる。
王妃らしい振る舞いを心がければがけるほど、体をむしばまれていく心地がした。
もしも人前で国王陛下の仕打ちを暴露できたら。
王妃の立場を捨てて、みっともなく声を上げて泣き叫べたら。
(誰かが助けようとしてくれるでしょうか)
万に一つの可能性はあった。けれど、シュゼットは黙っていた。
虐げられるのも、おさがりをもらうのも慣れていたし、何より助けを求めるのが下手なのだ。
空が暗くなる頃に着替えて晩餐へ向かうが、ここにもアンドレは現れない。
晩餐室で待っていると、毎日のようにラウルが国王の不在を謝りにくる。
ただでさえ怖い顔をしかめられるのが恐ろしくて、もう知らせに来なくても大丈夫だと伝えたらため息をつかれてしまった。
呆れているようだ。
王妃と徹底的に顔を合わせない国王に。
そして、裏切られていると知っても戦おうとしないシュゼットに。
豪勢な夕食をお腹につめ込んだら、ゆっくり眠る支度をする。
綺麗なお湯で体を洗い流したら香油を刷りこみ、髪を丁寧に乾かして艶が出るまですく。
身につけるのは絹の夜着だ。リボンやレースがついた可愛らしいデザインで、おさがり姫の名にそぐわないピカピカの新品である。
「すみません、みなさん。こんなにしていただいているのに国王陛下を寝室にお呼びできなくて……」