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16話 国王補佐ラウル

 シュゼットが一人で眠りに落ちた頃、国王の私室にはラウルの雷が落ちていた。


「どういうことか説明していただきます」


 仁王立ちになったラウルの視線の先には、シャツをはだけさせて床にあぐらをかく国王アンドレがいた。

 不服そうな表情は、いたずらに失敗した子どものように幼稚だ。


「別にたいしたことじゃないよ。いつもみたいにカルロッタと遊んでいたら、シュゼットがやってきて盗み見られたんだ」


「誰が経緯を説明しろと言いましたか? 俺は、なぜ結婚初夜に妻ではなく妻の姉に手をつけたのかと聞いているんです」

「その方が楽しいから?」


 愚かな主の返答に、ラウルは頭を抱えた。


(どうしてこうなった)


 宮殿を警備していた衛兵から、客間を出た王妃の姉が戻ってこないと報告を受けたラウルは、残業を切り上げて探しに向かった。


 相手は侯爵令嬢だ。

 さすがに宮殿内の物を盗みはしないと思ったが、トラブルはご法度だ。


 今夜は、国王と王妃の初夜である。

 大切な夜に家族が問題を起こしたら、二人の関係にひびが入ることは確実だった。


 宮殿を一しきり歩き回ってもカルロッタは見つからなかった。

 残るは、国王と王妃の部屋の周りだけだ。


 嫌な予感がして国王の私室に急げば、王妃シュゼットとぶつかった。

 彼女は、痩せた肩を震わせて泣いていた。


 短いベールの下から落ちる涙を見て、ラウルはカッとなった。

 怒り心頭で怒鳴りこめば、アンドレはドレスをはだけさせたカルロッタと一緒にいた。


 王妃が泣くわけだ。

 夫と実の姉が関係を持っていたなど、初夜に見るにはあまりにもむごい。


(やっと結婚までこぎつけたんだぞ)


 前王の死後、即位したアンドレはシュゼット・ジュディチェルリとの婚約を一方的に破棄しようとした。

 それを止めたのがラウルと宰相――ラウルの父ルフェーブル公爵だ。


 名君として大勢の人に慕われた前王が遺した婚約をあっさり破棄するのは、親の威光を捨てるのも同じこと。

 国王が各領地を治める領主貴族の頂点に立つことでフィルマン王国は保たれている。


 ただでさえアンドレは問題行動が多くて評判が悪い。

 アンドレがシュゼットを捨てれば、約束を反故にする信用ならない王だとみなされて、貴族に反逆の意思を持たれかねない。


 必死の説得のおかげでアンドレは婚約破棄を思いとどまってくれた。

 しかし、シュゼットとの面会や式の準備には乗り気ではなく、ラウルが強制的に連れて行った。


 大人しくしてくれれば、その分、政務を肩代わりするという条件を出して。


 結果的に、アンドレはほとんど仕事をせずに遊んで暮らし、ラウルが代理王として国を動かしていた。


 おかげで残業の毎日だ。

 騎士団の稽古には参加できず、ルフェーブル公爵家に帰れるのもよくて三カ月に一度。

 あとは宮殿に泊まり込む生活が続いていた。


(いや、忙しいのはそれだけが理由ではないが……)


 王子様育ちのアンドレは、人の苦労を少しも理解していない顔で自分を正当化する。


「初夜だからって好みじゃない女は抱けないよ。お前もそうだろ? カルロッタの元婚約者」

「……昔の話です」


 ラウルはふいと顔を背けた。

 あの女との過去は思い出したくもなかった。


 険しい横顔を、アンドレはあぐらに頬杖をついてながめる。


「悪いのは僕じゃない。カルロッタの方がいいって言ったのに、妹の方と結婚させたラウルが悪いよ」

「王妃殿下に怪我を負わせたのは貴方だ。責任を取るのは当然でしょう」


「子どもの頃のことなんか覚えてないよ。向こうだって記憶にないはずだよ。女か男かも分からない、赤ちゃんだったじゃないか」

 

 初夜に浮気したことも、シュゼットに怪我を負わせたことも、少しも気にしていない。

 責任感のない姿に、ラウルはふつふつと苛立った。


「貴方は本当にそれでいいんですか。自分の妻が、自分の行いで傷ついているのに」

「僕だって無理やり結婚させられて傷ついてるよ」


 アンドレは「これでおしまい」とお説教を切り上げて、うーんと伸びをする。


「夫婦の寝室には行く気がなくなっちゃった。カルロッタは客間に戻ったんだよね。今日は彼女のところで眠るよ」


「あんな女を宮殿においておけません。王妃殿下の両親ともども、ジュディチェルリ家に強制送還します。今晩は王妃殿下も心の整理がつかないでしょうから、アンドレ様の部屋を別に用意させます。ここで待っていてください」


 そう言い放ってラウルは廊下に出た。

 後ろからアンドレの「一人寝かよ」という非難が聞こえてきたが無視する。


(どうしたらアレを反省させられるんだ)


 ラウルの脳裏に浮かぶのは、シュゼットがこぼした清らかな涙だった。

 彼女は無事に眠れただろうか。


 せめて安らかな眠りがそばにあるように、ラウルは神に祈った。

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