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11話 旦那様は国王陛下

 姉のぽかん顔にベールの下で微笑みながら、深紅の絨毯をしずしずと歩いていく。

 その先では、真っ白い礼服に身を包んだアンドレが待っていた。


 彼は、国王の装束とは異なる新郎の装いだった。

 純白の上着はしっとりした光沢が美しく、ポケットチーフは瞳と同じ紫で、オオカミのような灰銀の髪がよく映える。


 アンドレの実年齢は二十七歳だ。

 しかし丸みのある目元が若々しく、遠目からでは二十そこそこにしか見えない。


 その美しい人が、まっすぐにシュゼットを見ている。

 参列者の麗しい婦人たちでも、派手なカルロッタでもなく、シュゼットだけを。


(これが、私の夫となる方)


 思わず涙が出そうになった。


 婚約指輪が送られてきても、世話人と打ち合わせしても、式典の期日が近づいても昂らなかった感情が、アンドレの姿を見たら一気にあふれ出してきた。


 シュゼットはずっと、ダーエの小説に出てくるような幸せな結婚に憧れていた。

 ふびんなヒロインたちは、波乱万丈な人生の中でも決して諦めずに戦い、運命の相手を見つけて恋を知り、永遠の愛をつかみ取る。


 いつか自分もそんな風になりたいと、暗い屋根裏で一人、胸を焦がしてきたのだ。


(その夢が今、叶おうとしています)


 アンドレの隣に立ってちらりと彼を見る。


 鼻筋の通った横顔は彫刻みたいに整っている。

 出っ張ったのどぼとけや肩幅の広さにたくましさを感じたシュゼットは、見てはいけないものを見てしまったような気恥ずかしさに包まれた。


(緊張してはいけません。これからが本番なのですから)


 アンドレの紫色の瞳は、すでにシュゼットではなく説教台についた神父役に向いている。


「フィルマン王国第十八代国王アンドレ陛下、ジュディチェルリ侯爵家ご令嬢シュゼット様の婚儀をはじめさせていただきます」


 かしこまった口調に、シュゼットの背筋が伸びた。


 視線を前に向けると、神父役の青年のかきあげた前髪が目についた。

 ステンドグラスを通した陽光を受けて、爽やかな金色に輝いている。


(たしかこの方は、国王補佐のラウル・ルフェーブル様でしたね)


 剣のように鋭い瞳でシュゼットを見つめるラウルは、宰相であるルフェーブル公爵の長男で、現在は国王補佐としてアンドレの下で働いている。

 剣の才能もあるとかで、王立騎士団に預かりという形で所属しているらしい。


 結婚式の神父役をしているのは、王族の結婚に際しては、国王の腹心が誓いの言葉を聞き届ける慣例があるためだ。


 アンドレの補佐であるラウルは、これからシュゼットが付き合っていかなければならない相手でもあった。


(少し怖いけれど、それにもまして綺麗な人です)


 金の絹糸をつむいだような髪とエメラルドに見まがう碧眼、騎士服を着こなすすらりとした体つきに視線が吸い寄せられる。


 アンドレは人懐っこさがある美形だが、ラウルの持つ美貌には、有無を言わさないような壮絶さがただよう。


 百人見たら百人が讃えるような、それでいて畏怖するような美しさ。

 男性慣れしていないシュゼットでさえ、魅力的だと思うのだからさぞ女性にもてるだろう。


 だけど――どうも様子がおかしい。


 よろこびに満ちる聖堂で、ラウルの周りだけ空気がとげとげしいのだ。

 ラウルはシュゼットを、ただでさえ迫力のある目元を剣呑にして見つめている。


 ベール越しでなければ腰を抜かしていただろう。


(なぜにらまれているのでしょう?)


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