10話 虐げられ令嬢から王妃へ
赤く引き攣れた跡に緑がかったファンデーションをぽんぽんと叩きこむメグは、こうして反対の色をのせると綺麗に隠せるんですよと教えてくれた。
「これは、結婚式のために国王陛下が特注で作らせたそうです」
「そうだったんですね。式が終わったら陛下にお礼を申し上げましょう」
口ではそう言ったが、たかが化粧品で傷跡を消せるのかは半信半疑だ。
これまでも、塗ればたちまちに傷跡が消える香油や肌が再生するという軟膏を使ったことがあるけれど何も変わらなかった。
努力して裏切られてを繰り返していると、期待するのにも疲れてくる。
(本当にこれで隠れるのでしょうか?)
ジャムの瓶のような容器に色のついたバームが詰まっている。
シュゼットの顔にのせる前にメグが手にとった塊を見ると、絵の具よりは薄い色づきだがはっきりした緑だ。
(顔色が悪く見えないといいのですが……)
メグは時間をかけて緑のファンデーションを叩き込み、その上に肌色のパウダーをブラシで丁寧にのせていった。
「完成しましたよ」
シュゼットは再び鏡を見つめる。
傷があった箇所はわずかに赤みが残っているものの、すっかり肌になじんでいた。
「すごいです……!」
これならベールをまくりあげられても参列者には気づかれないはずだ。
近くで誓いを立てるアンドレには丸見えだが、衆目にさらされないだけでシュゼットの心は救われる。
「よかったですね、王妃様。とってもお綺麗です」
メグは涙を浮かべながらシュゼットの髪をすいてくれた。
長い髪をひとまとめにして、上半身を全て覆うマリアベールをティアラで固定したところへ、付添人が迎えにやってきた。
「綺麗にしてくれてありがとう、メグ。行ってきますね」
立ち上がったシュゼットは、白い百合の花束を手に廊下を歩いていった。
ぴかぴかに磨き上げられた大理石に、窓から差し込んできた白い陽光が落ちる。
窓枠に区切られた光のタイルを踏むように進むシュゼットは、どこからどう見ても幸せそうな花嫁だった。
長いベールが体の周りでふわふわ揺れる。それだけで心が弾んだ。
(ベールを被るのがこんなにも楽しい瞬間があるだなんて知りませんでした)
いつもは傷を隠すために被っているけれど、今日は花嫁の証だ。
宮殿からつながる大聖堂には、すでに大勢の招待客が詰めかけていた。
親族席には両親がいて、娘の晴れ姿に驚いている。
「あれがシュゼットなのか……?」
「別人みたいだわ」
シュゼットはジュディチェルリ家で似合わないおさがり品ばかり着ていて、どことなくみすぼらしかった。
しかし、体を流れるのは貴族の血だ。
相応の格好をすれば上流階級らしい気品がにじみだす。
両親ともカルロッタにばかり目をかけて、シュゼットが年頃らしく成長したのに気づかなかったのだろう。
美しく仕上がったシュゼットを見ても、驚愕するばかりで感動してもらえないのは地味に心にくる。
(こうなると分かっていました、けれど)
やはり、親に喜んでもらえないというのは辛い。
テラテラした艶のあるドレスから豊満な胸を露出したカルロッタも、大変身をとげたシュゼットを穴があくほど見つめていた。
(お姉さま、どうですか。おさがり姫ではない私は?)