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黒いスーツのひげの老人

 人と話すのが苦手だった。

中学に入学してすぐのことだった。小学生の頃に自然に発症した吃音症。

周りはただ巫山戯ているようにしか見えなかったようで,暴れたがりのストレスの多い思春期の子供たちの不満の捌け口になるには丁度良い理由だったのかもしれない。

 結果中学時代はイジメの標的になる暗黒の3年間を過ごすことになった。

 中学校を卒業するころにはすっかり人間恐怖症となっていた。コンビニの店員にもまともに喋れず、飲食店に行くときは隅の席じゃないと落ち着かなく、店員に注文を聞かれた時はどもってしまい注文をあきらめてしい一人では利用できない有様だった。

 幸運にも高校は商業高校だったおかげで男子が少なく中学のような酷いいじめ(それでも揶揄われたが)はなかったおかげで、人間不信も少しずつ薄れていった。

 それでも突発的にどもってしまうのが吃音症でありそれが原因で一度高校生活が困難になりかける羽目になったがそれはまた今度語るとしよう。思い返してみたら高校生活3年間は唯一の幸福な青春時代であった。

 しかし、卒業後の社会人生活でいきなりつまずくことになる。

 高校を卒業してすぐに冷凍倉庫の職場に就職したのは未来に希望を持てずにただ何とか親元から自立しようと必死になっていたからだった。後から考えたらせめて大学は出ておくべきだったと後悔するが後の祭りである。

 こんな不肖な息子でも両親は愛情を注いでくれていた事には深く感謝していた。本当はもっと親孝行をして両親に立派な息子になったと認めてほしかったが、それがただの夢物語だとすぐに現実に気付かされた。

 自分よりもっと年上の先輩達やお客様に対する言葉遣いや接し方など人と話すのをなるべく避けてきた自分(なぜもっとそういうハンデを考えなかったのか悔やむばかりである)には絶望的で更に吃音(幾ら周りに説明してもふざけているだけという認識だった)も合わさって村八分にされるのは入社して1月もいらなかった。体調不良を感じ病院に行ってみればこれまた冷凍倉庫の職場に不適切な寒冷蕁麻疹と診断され、別の現場に移動になれば吃音を理由に誰も話を聞いてくれず、そのころ、ストレス性の下痢が頻発し早めに出勤してもギリギリになる毎日でさらに孤立ししまいには胃腸にポリープが出来て入院し、退院後に鬱病とパニック症候群を同時に発症した時にはすでに当初の夢想は破れ果てて、唯々両親が病気もなく自分よりも長生きして幸せに暮らせるよう願いながら迷惑をかけぬよう一人暮らしをするのが精いっぱいだった。

 年老いた両親には心配をかけたくなく、また自分の近況を話す勇気も持たずに休職手当の期限も迫りつつあり、どん底の日々を過ごしているそれが今の自分である。



 なぜ長々と自分の過去を振り返っているかというと、ついに自分がお証くなってしまったからかもしれない。

 何故なら目の前にしかも自分の家に口髭のはやした黒いマフィアスーツみたいな恰好の外国人の老人が浮いているからである。

 おかしい、自分が病院から処方されたのは精神安定剤で脱法的な奴ではないはずだ。

半ば現実逃避をしていた私に老人は話しかけてきた。

「どうもこんにちは」 まさかの日本語である。

「君は吃音症を自分の不幸の源だと考えているようだがそれは大きな間違いだ。吃音は障害ではない自分の個性だと認められる人間になるべきだ」

 そもそも誰ですかとか日本語上手ですねとかいう前に不躾に話しかけてくる老人に自分は深い憤りを覚えた。そもそも自分のことを知ったような口ぶりで言う老人にあなたに吃音の何が分かると尋ねた。

「私も吃音症を患っていたからだ。」 嘘つけ流暢に話しているではないか。

「それは私が君の妄想の産物だからだ。」 やはり私はおかしくなってしまったらしい。

「君がどこかで見た記憶の断片が私をこうして生み出したのだ。」どうして今になって表れたのか。

「君の溜まりに貯めた鬱憤とストレスの具現ともいうべきか。」 完全に負の面ではないか。

「君はストレスを一人で抱え込みすぎだ、少しは発散した方がいい」 

 まさか自分の妄想にまで怒られるとは

「私も初めは君と同じか君以上の吃音症を患っていた。子供のころはそれを恥じて克服しようとしたが果たせず、大人になり酒やドラッグに明け暮れ吃音と真剣に向き合ってこなかった。私にとって吃音症は大きな象だった。」

 老人は急に昔語りを始めた・・・私のベットの上で。

「転機が起きたのは友達がドラッグで死んだことだ。」急に重くなった。

「私は今まで目をそらしていたこの大きな象に立ち向かう決意をした。再婚した妻もともに助けてくれた。」結婚していたという初耳それも2回も自分の妄想なのに何たるリア充か。

「だが克服するのは並大抵のことではなかった。私はジャズピアニストの仕事をしていたが当時はほとんど周囲の人と話せなかった。」ここで明かされる老人の職業、なんとお洒落なお仕事か。

「私が口を開けたらきっと皆に変に思われてしまうかもしれないと思うと話す勇気がわかなかった。」

それは自分も同じである。

「そこで私は考えた。発想の転換だ。意味のない言葉ならどもっても問題がないのではないか」

はい?


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