第八話 欲望を抑えることが出来ないものを人と呼べ
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夢から覚めた私は手探りでスマートホンを手繰り寄せると記録を開始する。
今回のメモは多くなりそうだ。ちなみに夢から覚めてすぐの時は少女と出会った夢しか思い出すことが出来なかった。
しばらくメモを取っているうちに「はっ!」とそれ以前にもおかしな夢を見ていたことを思い出した。ただ、そちらの夢は意味不明でメモを作る優先順位は低かったので後回しにした。
少女との夢を必死に思い出し、あとから鮮明に思い出せるよう事細かにまとめたところでトイレに行きたくなった。寝起きはトイレが近いことが多いのだが、基本的にはメモを優先する。しかし、初めに見た謎の夢はそこまで思い出したいような内容でもなかったので後回しにした。
夢の記録を後回しにするというのは、その夢を放棄することでもある。なにせ、ほとんどの夢の記憶はすぐに消えていってしまうので、時間が経てばたつほど思い出してメモを作ることが困難になる。
(別にいいや……)
なんて投げやりな気持ちでトイレを済ませ部屋に戻ると、普段は外出用のジャケットが掛けられている場所に見知らぬジャケットが掛かっていることに気付いた。
慌てて『それ』を確認し、しかし思い当たる節がなかったので一旦落ち着こうと冷蔵庫を開けて飲み物を取り出そうとしたところで、ここにもまた買った覚えのないお菓子が入っていることに気付いた。
脳内で「おいおいおいおい」なんて繰り返しながら困惑しているうちに、「夢を二度見たから『異変』も二度起きたのでは?」と気付き、慌てて今夜最初の夢の記録も取らなければ思い直す。
そんなこんなで起きてからは結構バタバタしていたが、目覚めてから数時間も経つ頃には落ち着きを取り戻していた。
(今回はいろいろあったな。お陰でわかったことも多い)
『異変』が起きてからというもの、夢の中で出来ることが増えてきている気が……いや、気のせいじゃない、明らかに増えている。初めは意識があるかないかといったレベルだった。それが、夢を見るごとに意識が鮮明になり、ついには体の自由まできくようになった。
最後に見た夢なんて現実とほとんど同じような感覚だった。
『異変』についても、原因は分からないままだが、法則は少しだけ分かってきた気がする。
夢の世界で手にしたもの、あるいは何らかの関りがあったものがこちらの世界に現れるのだろう。
しかし、夢からやってくる際、本質的には同じだが少しだけ違った形に変換されてやってくる。一番初めの夢以外は全て形あるものとしてこちらの世界にやってきている。
(そうなると、初めのあの夢は何か特殊なのか?)
当然今の段階では分かるはずもない。
ただ、夢の中で出来ることが増えたとはいっても、いくつか変わらないこともある。
――目覚めの瞬間がその一つだ。
こればっかりはどうしようもないかもしれないが、それでも出来るだけ長く夢を見続けたいと思った。特に最後に見た夢は非常に心残りであった。
とはいえ、秘策がないわけでもなかった。夢から覚めない……というのはおそらく最悪の事態に繋がりそうなので無理だと思うが、夢を見ている時間を長くする方法はある。
以前調べていて分かったのだが人に合わせた多種多様な方法があることを知った。
私の場合は『極限まで疲労した状態で眠りについた後、一時間ほど経ってから一端目覚め、その後再び眠りについたとき』長い夢を見ることが多い。
しかもこの時見た夢は起きてからもはっきりと思い出すことが出来る上に、夢そのものが『濃厚』なものが多い。夢が『濃厚』と言われてもピンとこないと思うが、『ストーリー性』があるというか、夢の中で何らかの『目的』があったり、以前見たところから続いていたりする。おばあさんに着衣を咎められるような意味不明な夢は少ない。
まぁあの夢はその後の『異変』は一番旨味があったのだが……。
ちなみに、以前見た夢をもう一度見たい、あるいはその続きを見たいときは、眠りに就く寸前まで夢の記録メモを見たり、記憶に残るようなことをしていると成功しやすい。
(いくつか試してみたい。なにより、夢の中であれだけ出来るようになったんだ。)
ちなみにこの長く『見たい夢を見る方法』なのだが、わりと普段意識せずにやってたりする。
普段は基本的には自分のペースで仕事をしているのだが、筆が乗っているときは食事もとらずに一日中パソコンに向き合っていて、『流石にこれ以上はまずい』と慌てて食事と入浴を済ませた後は気絶するように眠りにつくことが多い。
さらに、私の部屋は何故か妙に乾燥しており、もともと喉が渇きがちなこともあり就寝前に水分を多く取ることが多い。そうしないと、寝ている最中に喉がカラカラに乾いてしまい、せき込みながら目を覚ましてしまうのだ。しかし、就寝前に水分を取るとどうしてもトイレも近くなるので、結局一時間ちょっとで目を覚ますことが多い。
また、眠りに就く前に夢の記録を見直したり、メモを編集していたりするとそれに関連した夢を見ることも多い。
実は、気になっている夢がある。というのも、以前からその夢を何度も見たことはあったが、いつも意識はなく、目覚めてから夢を見ていたことに気付くのだ。そしていつも、「この前の夢の続きか」と思い出す。
――私はその夢を『夜の学校の夢』と記録している。
私が通っていた『小中高の学校』と、記憶に強く残っている『場所』を混ぜ合わせた巨大な学校の中で、何らかの『目的』を果たすために挑み続ける夢だ。
『目的』が何かは分かっていないが、夢の中の私はいつも胸に使命感のようなものを抱き挑み続けている。だいたい始まりは学校の外で、いくつかの侵入経路から校内へ入り込み『目的』を果たすため奮闘する。
これだけだと「夜の学校をさまよっているだけの夢」になるのだが、この夢は他にも特徴がある。それは、
――『異能』や『オカルト』が登場することだ。
多くの場合、校内には一目で普通ではないと分かる『異形の者』や、明らかにこちらに敵意をもって向かってくる『モンスター』、科学では説明のつかない『怪異』や『オカルト』がさも当たり前のように存在する。そしてそれらはほとんどの場合行く手を拒む障害となっている。
あるものは到底人では太刀打ちできないような怪力を持っていたり、人の柔肌など簡単に切り裂くほどの鋭利な爪や牙を持っていたりする。他にも、遠く離れたところから凄まじい速度で接近してくるものや、
そもそも壁や障害物をすり抜けて襲い来るものもいる。
そのような存在にただの人が太刀打ちできるはずなどないのだが、夢の中の私はそれらに打ち勝つほどの力を持っている。
ある時は凄まじい怪力を、ある時は刀や剣を達人のように振るったり、ある時は『超能力』や『魔法』としか表現できないような『異能の力』を扱うことが出来たりする。
それらを駆使して敵を倒し『目的』を果たそうとする。ゆえに私はこの夢を、ただあてもなく彷徨う夢ではなく、挑戦し続ける夢だと認識している。
『目的』が何かは分からず、今だゴールもエンディングも迎えていない夢ではある。しかし今なら何か変化が起きるのではないかと思う。いや、『起きる』ではなく『起こせる』と思う。
――『異能』や『オカルト』を体験し、自身もそれらを行使する。
なんて夢のある話だろうか。しかし今や決してそれは夢ではない。最後に見た夢では意識も体の自由もあり、会話をすることも出来たのだ。
『異変』が起きてから見た夢は、いろいろと突っ込みどころはあるものの、ぎりぎりこちらの世界寄りの内容だったような気がする。おばあさんのあれは違うか。いや、その気になれば最先端の科学技術で再現可能ではある……のか?最高にカオスな状況ではあったが。
そしてなにより、そんな世界で手に入れたものをこちらの世界に持ち帰った場合どうなるのだろうか……。
すでに心は決まっていた。私もやはり大多数の人間と同じなのだ。より良いものを手に入れることが出来るかもしれないと分かったら、どうしてもそれを意識せずにはいられない。
「今日は資料の受け取りと、提出物の日だな。しかもおまけに打ち合わせもセットで付いてくる」
おあつらえ向きに疲労がたまりそうなスケジュールだ。このスケジュール自体は二ヶ月ほど前に決められたものであるが、当時は凄まじく嫌な気持ちになったものだ。打ち合わせの内容を一切覚えていないのは、あまりにも嫌すぎて記憶から抹消したからだろうか。とはいえ、今は感謝の気持ちすらある。
(しかし打ち合わせの内容が一切不明なのはまずいな……)
いくら嫌なことだからと言って忘れてしまうのはまずいだろう。しかし手帳やメモ帳を見返してもそれらしい情報はなかったのでどうすることも出来ない。忘れたというより、当時の私は記憶に残さない選択をしたんだろう。
今は無難に仕事を片付けた後、夢を見ることに集中した方が良い。
(夢を記録し続け、膨大なメモを作ったのは無駄ではなかった)
必ずしも好きな時に見たい夢を見られるわけではない。ただ、今の私には分かる。
――『夜の学校の夢』が私を呼んでいる。
ようやく準備が整ったか、待ちくたびれたぞとでも言わんばかりだ。
今夜、あの夢を見よう。そして、『目的』を果たす。それが何かは分からないが、今の私なら、仮に『目的』を果たせずとも、何か爪痕くらい残せるのではないか。
こんな気持ちはいつ以来だろう。ずっと忘れていた熱い何かがこみあげてくるのを感じる。
気持ちを落ち着けるために何か飲もうと冷蔵庫を開けたところで『それ』を入れていたことを思い出す。
そこには、ビニールのパッケージに『アル〇〇ート』と書かれたお菓子があった。
ファミリーサイズの袋の封はすでに切られており、中から数袋取り出して冷蔵庫に入れていた。冬場はチョコレート製品はそこらに置いたままでも溶けることはないが、なんとなくチョコ系のものは冷蔵庫に入れる癖がついていた。
最後に見た夢の中では違うチョコビスケットだった。やはりこちらに持ってくるときに、何らかの『変換』か『最適化』が行われたのだろう。現実には存在しないものはそうなってしまうのかもしれない。
ビニールの包装を破り中のチョコビスケットを取り出し口に入れる。特に確認せずに持ってきたのだが『ミルク味』だったらしい。チョコはまろやかで優しい甘さがあり、ビスケットは少ししっとりした食感がありとても美味しい。わりとどこにでも売られているお菓子なのだが、値段のわりに高級感があるような気がする。帆船のイラストも高級感に一役買っていると思う。
現実に近い夢を見て、そこからちょっとしたお土産を持ち帰るだけで充分すぎるほど幸せなことは分かっている。いってしまえば、タダで映画を見てタダでお土産を頂いてるようなものだ。贅沢にもほどがある。
ただ、どうしても欲が出てしまう。それ以上を期待してしまう。
口内に広がる甘く優しい味わいとは違い、私の胸の内はどろどろとしたものが広がっていた。
その日仕事を終えて帰宅した私は出来うる限りの準備の後に眠りに就いた。疲れ果てていた私はすぐに眠りに就き、しばらくして一度目を覚ます。
その後再び眠りに就いた私の意識が覚醒したとき、そこは夢にまで見た、いや、ずっと見続けてきた夢の舞台だった。
私の目の前には暗く巨大な学校が建っている。
ここは夜の学校の夢。
――『異能』も『オカルト』もある。
そんな世界に私はいる。今までは違い、意識も体の自由もある。
そして、『異能の力』も。
この時の私は期待と好奇心に満ち溢れていた。
――どうして人は欲望を抑えることが出来ないのだろうか。
『異変』が始まってから五度目の夢。今までとは違う、何かが変わる予感がした。
それと同時に、忘れていた何かを思い出す予兆もあった。
第一章はここで終わりになります。
第二章は夜の学校の夢編になります。第二章も一章と同様に執筆済であり、チェックと手直しを加えて投稿する形になります。
第二章では敵との対峙があり、異能の力は『超能力』がメインになります。
二章も引き続き夢の世界を皆様にお届けしたいと思います。
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