第六話 燃え盛る畑と高速おばあさん
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――なんだこれ……。
『ここが夢の中』だと気付いた時、目の前には異様な光景が広がっていた。
まず、私の目の前には畑があり、その周りを金属製の塀のようなもので囲われている。さらにその塀の外側では真っ赤な炎が轟轟と燃え盛っていた。
畑の中では自動運転と思われる人型ロボットが畑を耕したり、よくわからないものをぶちまけたりしていた。よく見ればその中心におばあさんが金属のドラム缶のような何かに座ってニコニコしている。
(あ、こういう系ね)
前日に続いて、今回も夢の中でありながら意識ははっきりとしている。ちなみに『この手の夢』はそこそこの頻度で見ることがある。シンプルに『意味不明な夢』だ。疲れている時に見ることが多いと思う。
今日は自宅で一日順調に仕事をしていたのだが、大分前に取材した甘味処のパンフレットを見つけてしまってからは流れが崩れてしまった。
昔ながらの地元民に愛されている甘味処で、昨今のコンビニスイーツや大量生産された安価な和菓子などに負けずに生き残り続けている秘訣を探るために取材したのだが、その時頂いたパンフレットを何気なく見返してしまったのが始まりだった。
パンフレットの和菓子を見ているうちにどうしても和菓子が食べたくなってしまったが、その日は特に買い物に行く予定もなかったため初めはスルーしていた。ただ、そういう時に限ってどうしても我慢できず、結局買いに行くことにした。
普段の買い物とは違い、買うものも少なく、絶対に余計なものは買わずにすぐに帰宅する気持ちで荷物は最小限に抑えて外出した。
この選択がそもそも間違いだった。
雨が降りそうだと感じたのは最寄りのスーパーまで半分ほど進んだところだった。幸い、行きに降られることはなかったものの、辿り着いたスーパーにはほとんど和菓子が売られていなかった。誰かが買い占めたのか、あるいは偶然補充のタイミングが被ってしまったのかは分からないが、ないものはどうしようもない。このまま帰れば何をしに来たのか分からない、何か買って帰るかと考えたところで雨が降りそうだったことを思い出し即座に店を出たのは悪い判断ではなかったと思う。
店を出ると今にも雨が降りそうだったので急いで帰ることにしたものの、やはり間に合わず、帰宅途中に雨が降ってきてしまった。普段であれば絶対に傘を忘れたりしないのだが、この時はとにかく短時間で行き来することにばかり意識がいってしまい忘れてしまっていた。
家に帰るころには結構な強さの雨風になっており、ばっちり濡れてしまった。すぐにシャワーを浴びて着替えたが、真冬の雨風に体力を奪われたことと、シャワーを浴びて気持ちが妙なタイミングでリセットされてしまったせいで、仕事のペースは一気に落ちてしまった。
なんとなく万病の足音が遠くに聞こえた気がしたので、温かいものを食べて薬を飲んで寝たのだった。眠りに就いたのはおそらく夜の十時頃だったと思う。それなりに疲れていたのかもしれない。
目の前に広がる異様な光景に立ちすくみながら、眠りに就く前の記憶を思い出していたところで
あることに気付く。
(体が…動く!)
今まで夢の中で意識はあっても、体を自由に動かせることはまずなかったが今回は違う。完全に自由に動かせるというわけではないが、顔の向きを変えたり手を動かすことは出来た。
ただ、歩き出そうとすると上手く足が動かせないうえに、妙にゆっくりとしか歩くことが出来なかった。しかも数歩歩いたところで完全に足を動かすことは出来なくなってしまった。
それでも体の自由があるのはすごい進展だった。これで夢の舞台が意味不明でさえなければもっと喜ぶことが出来たかもしれない。
ちなみに背後を振り返ると、工場のようなものが見えた。もしかすると何らかの工事現場なのかもしれない。
私が体の自由に感動していると、なにやらおばあさんが凄まじい速度で動き出した。畑の中をドラム缶に乗ったまま高速で移動している。
高速移動するおばあさんというと有名な『怪談』の一つの『ターボババア』を思い出してしまう。このおばあさんは無害だと良いなぁ……。
「あんた服どうしたの!」
「うおお!?」
いきなり声を掛けられたことで思わず悲鳴のような声が出てしまった。声はそれなりに近くから聞こえた気がしたが、声の主が見当たらない。周囲に目を向けると畑の中でドラム缶に座ったおばあさんがこちらを見ていることに気付いた。
「あんた服ないの!」
(もしかしてあのおばあさんが話しかけているのか?)
おばあさんとは結構な距離があるのだが、何故かその声はすぐ傍から発せられているように聞こえるせいで混乱しそうになる。しかし口の動きと目線を見るに、あのおばあさんが話しかけているのだろう。そもそも周囲に人はいないし、他に動いているのはロボットだけだ。
夢の中で現実の常識が何処まで通用するか分からないが、消去法であのおばあさん以外にいないだろう。
などと思っていると急に目の前にローブのようなものが飛んできた。
何が起きたか分からず困惑していると、視界が一瞬で暗闇に閉ざされ意識も失われていった。
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「夢か……」
ひとまず顔に掛かった掛布団を除ける。
(夢のラストはこいつのせいか……)
何かの拍子に顔を完全に覆い隠す形で掛布団がかかったせいで呼吸がしづらくなり目が覚めたのだろう。おかしな夢だったので、目が覚めてしまったことを残念だとは思わない。むしろ良いとすら思う。
本来ならすぐにメモを取るのだが、この時は睡魔に打ち勝つことが出来ず、スマートホンに手を乗せたところで再び眠りに落ちていった。
この時すでに室内には『異変』が起きていたのだが、それに気付くのは数時間後に別の夢から目覚めたときのことだった。