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第四話 飲んでみよう

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 数年前に購入した冷蔵庫の中に突如として現れた『それ』を手に取ってみる。


「なんか見覚えあるぞこれ」


 まず初めに感じたのは既視感だった。

 突如『異変』が起きたわけだが、自分でも意外なことに驚きはそこまでなく落ち着いている。


 『それ』は缶に入った飲み物だった。こういうのは缶飲料と呼ばれているのだろうか。上手い呼び名が思いつかなかった。


 缶を手に取って見るが、夢の中で私が温泉街の自販機コーナーで買ったものとは少し違った。


「と、その前に後片付け済ませるか」


 いろいろな情報が脳内を駆け巡っていたが、ひとまず食後に放置されたままの食器や調理器具を片付ける。先ほど同じように台所に立って手を動かしているが、その胸中はまるで違う。

 先ほどはもやもやとしたものがずっと漂っていて、そのせいで余計なことを思い出し気持ちが沈みがちだったが今は真逆だ。期待と好奇心が全身を激しく駆け巡り、心も体も落ち着けずにいた。


 私は楽しみはゆっくりと味わうタイプだ。楽しみにしていた本を購入したときは、帰宅し、家事や仕事を済ませてからゆっくりと味わう。今もそうだった。まずは食後の後片付けをすませてゆっくりと落ち着いて……というのは難しいが、後片付けだけは済ませようと思った。

 鍋を洗ってラックに入れておき、クッキングヒーターは余熱が残っていないことを確認してから収納棚に片付けようとしたところで手を止める。


(…………)


 少し考えて、クッキングヒーターはそのままにしておいた。私は普段絶対にこのようなことはしない。物は出したら毎回必ず片付けるし、後回しにすることもない。なんとなくそのままにしておいた方が良い気がしたのだ。


 一通り後片付けを済ませ、缶を持って隣の部屋に移動する。途中まで閲覧し止まったままの動画を消し、新規タブを開いて検索エンジンを開く。

 当然ではあるが、片付けをしている最中はずっと謎の缶飲料のことを考えていた。

 ただ、今回は例の『謎の画像』とは違い、ほぼ『それ』の正体は見当がついていた。


――白い〇〇チョコレートドリンク


「完全にこれだな」


 画面と手元の缶を見比べてみると見事に一致していた。というか手元の缶にもばっちり商品名がイラスト入りで乗っているので間違えようもない。北海道のお土産である『白い〇〇』という、ラングドシャでチョコレートをはさんだお菓子の姉妹商品だ。『白い〇〇』はそれなりに有名なものだと思うが、このチョコレートドリンクはどうなんだろうか。


 謎の缶飲料の正体はすぐに分かったが、問題は別にある。


 何故これがうちの冷蔵庫にあったのか。そもそもこれは夢の中で私が買った缶飲料とは違う。夢の中の出来事は曖昧でおぼろげだが、今回ははっきりと言い切ることが出来る。

 夢の中で買った缶飲料の見た目は全体的に茶色の、おそらくココアだったと思う。これは間違いなく覚えている。しかし今ここにあるのは全体的に白色のチョコレートドリンクだ。

 あとは、なぜ買った覚えのないものがあるのかについてだが、こちらは見当も付かない。例の画像と同じだ。


「いや……共通点がある……のか?」


 謎の現象は前回と今回で合わせて二回目になる。検証するにしては少なすぎるが、出来ないわけでもなければやらない理由もない。


「夢の中と現実では認識に違いがある……? あるいは夢の中の物……や画像はこちらに来るときに違う形に変換されるのか……?」


 例の画像の女の子は、なんとなく同一人物だと認識してはいるのだが、明らかにその見た目は違っていた。

 この缶飲料は夢の中と現実で明らかに違いがあるが、それは商品の違いであり、缶飲料という点は同じだ。


「本質的な部分は同じ……か?」


 と考えてはみたものの、結局今回もこの謎の現象、もとい『異変』は解決出来そうにないなと思った。そもそも夢の中で見たものや買ったものが現実の世界に突如現れて、その原因を即座に解決できるとも思えない。これは年齢や頭の良し悪しは関係ないだろう。


 ただ、なんとなく『これで終わりではない』と思った。前回の後もそう思い、そして今回も『異変』が起こった。


(絶対にまだ何かあるはずだ……おそらくまた何処かの夢で、きっと)


 そう期待し、今回の『異変』の調査を打ち切ろうと気持ちを切り替えたところで脳内に別の考えがよぎった。


「そういやこれって飲めるのか?」


 これが現実に売られている『白い〇〇チョコレートドリンク』であるならばまったく問題はないだろう。

 ただ、目の前にあるのは夢の中産(だと思われる)のものなのだ。安全面の保証などどこにもない。『原産地:夢の中』など記して売ることなど……いや、そういうパロディ商品もあるにはあるだろうが、これはそういう商品ではない。

 実は先ほどの調査中に気付いたのだが、夢の中産の物の割にはしっかりと缶に詳細が記載されていた。商品名から始まり原材料や製造場所、賞味期限も記載されていた。ネットで検索し出てきた画像と見比べてもおかしな点はなく、賞味期限もまだ余裕があった。

 ただ、私は基本的に缶飲料を飲むことはない。正確に言うと、自販機で買ったものはほとんど飲むことはない。価格の高さもあるが、昔とある番組に出ていた潔癖症の女性の話を聞いてからはなんとなく飲めなくなっていた。


(まぁ衛生面的によろしくないものもあるかもしれんな……)


 でも、この夢の中産のチョコレートドリンクにはそんな感情は沸いてこなかった。なんとなく、自分由来の出所に謎の安心感を抱いてしまっていた。私は私の汚さは許すことが出来る。よく分からない謎の持論だが。


 あとは単純な好奇心だった。夢の中からやってきた初めての『物体』であり、飲料だ。充分見て触れた、あとは味だ。まだ興奮が残っているのかもしれない。正直、食後の後片付けをしている時点ですでに決まってはいたのだが……。


 さっそく台所に移動し、片付けずに出したままのクッキングヒーターに鍋をのせてお湯を沸かせる。鍋は洗った後ラックに置かれたままだったがすでに乾いていた。私の部屋は何故か異常なほど乾燥しており、洗い物が乾きやすい。ただ、喉を痛めやすいというデメリットの方が目立つが。


 少しずつ温まってきたところで鍋の中に缶を入れる。とりあえず湯煎して缶ごと温めれば内外どちらも消毒できるし大丈夫だろう。


(…………落ち着く……)


 鍋の中でコトコトと温められる缶をボーっと見つめていると、頭の中が空っぽになり落ち着いた気持ちになる。


 ちなみにこの謎の缶飲料も一応スマートホンで撮影しておいた。前回の謎の画像と今回の謎の缶飲料の画像で謎の画像が二作品出来上がった。これからも謎体験が続けば謎の画像アルバムが作れるかもしれない。

 それはそれで悪くないなと思った。原因不明の謎の現象ではあるが、恐怖や不安はない。純粋な疑問もあるが、期待や好奇心が大半だった。


 そんなことを考えながら五分程経ったところで、湯煎した缶を鍋から取り出して火傷しないように別の容器に移し替える。


「少ないな……」


 コップに移して気付いたのだが、かなり量が少ない。調査中に値段を見たとき、一本二百円くらいで売られていたような気がする……。ちなみに現在はほとんど売られていなかった。結構レアなものなのかもしれない。


「まぁこういう商品ならこんなもんか」


 なんとなくだが、自販機で売られているオーソドックスな飲料とは違い、こういう企画商品やコラボ商品は少しだけ価格が高い気がする。もっとも私の場合はおそらく夢の中から勝手にやってきたと思われるのでタダで手に入れたことになるが。


 そのまま口にすると火傷する気がしたので少し冷ましてから飲むことにした。ココアやコーンポタージュなどはちゃんと冷まさないで飲むと火傷しがちな気がする。


(…………大丈夫……だよな?)


 充分に冷ましていざ飲もうという時になり少し慎重になる。


「まぁ飲むけどな!」


 一瞬これが夢の中産ではなく、現実の物だったとしたらと考えたが、そもそも我が家の冷蔵庫にあったので、その場合は私が何処かで買ったのだろうと思うことにした。

 実際はほとんど何処にも売られていないみたいなのでそんなことはないと思うが、細かいことは気にしないことにした。


 少しだけ緊張しつつ口をつける。充分冷ましたので丁度よい温度になっていた。


「あっま……いな!」


 かなり甘い。チョコレートドリンクなので当然ではあるが、それでも想像の数倍甘かった。ただ、甘さが強いとは言っても、砂糖を大量に入れた甘さではなく、しっかりと白い〇〇の味があり美味しいと感じた。

 それとコップに移した時も思ったのだが、結構とろみがある。白い〇〇を粉々に砕いてミルクを混ぜて温めたらこんな感じになるのかもしれない。もちろん実際の商品開発にはもっと創意工夫があったのだと思うが。それくらいしっかりとした商品になっていた。


「疲れてる時に飲むと最高かも」


 そこまで量はなかったのであっという間に飲み終わる。もう少し量があれば良いなと思っただが、もともとタダで手に入れたものでここまで満足出来たので良いだろう。


 チョコレートドリンクを飲み終えた後、コップを洗いながら考える。


――今回の夢とその後の出来事


 夢は後半バタバタしていた気もするが、それがなければ『異変』はなかったかもしれない。

 夢の中では綺麗な景色と静かな街並みで心癒され、その後現実世界で謎の缶飲料が突如冷蔵庫の中に現れて……。


 相変わらずこの『異変』の正体は分からない。でも悪い気分はない。少なくとも今回は純粋に『美味しい』思いをすることが出来た。何気にタダで物手に入れてるしな。


 次はどんな夢を見るのか、そしてその後また『異変は起きてくれる』のかと期待しながら、洗い終わったコップと『缶』をラックに入れた。



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