表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/34

第三話 持ってきちゃった

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



――気持ち悪い……。


 夢から目覚めた私が最初に感じたのは、寝汗による不快感だった。


「さむ……」


 次に感じたのは寒さだった。

 夢の中でも寒さを感じていたが、やはり現実でも寒さを感じていた。夢を見ていた時から予感はしていたが、やはりその通りだった。


「めっちゃ汗かいてるし……」


 すぐに布団から抜け出し、汗でぬれた服を脱ぎ着替える。


 普段は夢から目覚めてすぐに、夢を記録するためにメモを取るのだが今回は違う。夢のメモをとるのはそれなりに重要な習慣ではあるが、真冬に汗で濡れた服を着たまま布団の中でメモを取る気にはなれない。

 普段から風邪をひきやすい私がそんなことをすればどうなるかは考えなくてもわかる。

 服を着替えた後は布団と毛布も片付ける。普段から寝汗をかきやすい私は対策として枕と敷布団の上にタオルを敷いていたので、布団は湿気を逃せるように移動し、毛布も同じように掛けておく。


 ある程度片付けを済ませたところで部屋の外が暗いことに気付く。目覚めた直後は無意識にリモコンで部屋の照明を点けていたせいで部屋は明るく、外の暗さに気付くのが遅れた。


「三時か……」


 当然昼ではなく夜――夜中の三時だった。私にしては珍しいことだった。


 私は一般的な人とは異なった生活スタイルをしているので、夜中の三時は起きていることが多いし、その時間に目が覚めることはさらに珍しいことだった。遠回しな言い方をしているが、単純に夜型の生活スタイル……というより昼夜逆転生活をしているだけのことだ。


 私の性格や生き方にも原因はあるが、私の仕事が基本的に在宅メインなことも原因の一つだと思う。

 基本的にはパソコンに向かいひたすら記事を書く、いわゆるライター業だ。私は人混みが苦手ではあるが、人が嫌いというわけではない。人の作り出したものを毎日使っているし、アイデアから生み出されたものに大変助けられて生活している。

 特に本や漫画、映画やアニメはとても楽しませてもらっている。私は、『嫌いなタイプ』の人や『人間のここが嫌い』といったところが人よりも多く、それを我慢することが難しい人間なのだと思う。


 そんな内面をそれなりに上手く隠して生きてきたつもりだったが、長い時間グループや組織に所属し、人と関わる時間が長くなると隠し通すのが難しくなってくる。

 私はいつも初めは好印象をもたれることが多いが、時間が経つにつれてどんどん評価が落ちていくタイプだと思っている。


 今の仕事は決して人と関わらないというわけではないが、基本的に一期一会が多い。何処かへ出向き、調査し、情報をまとめて記事にする。私の書いた記事は読みやすく、それなりの評価を得ている。ただ、時々それなりに遠出をすることもある。夜中の三時なんて時間に目覚めたのも前日の仕事で疲れていたせいで普段よりも大分早くに就寝したせいもあるだろう。


(前日の仕事……?)


 前日は休日だったはず……。

 そういえば何かやり残したことがあった気がする……それを慌てて前日に片付けていた気も……。


 もともと物覚えが良いほうではないが、最近は物忘れがひどい気がする。夢のメモ以外にも現実の方のメモも熱心になるべきだと思った。


 片付けを終えて一息つくと余計な思考の波が押し寄せる。こんな時間に余計な感情は不要だ。


『悩み事と考え事は明るい時間にしたほうが良い』


 昔誰かに言われた言葉を思い出す。私もだいたいその通りだと思うが、実際は悩み事や考え事は外が暗いときにしてしまうことが多い。外の暗さが気分もそうさせるのかもしれない。昼夜逆転生活をしている私は夜中の暗い時間の方が活動的ではあるが。


「あ、メモとってない」


 起きてからバタバタしていていたとはいえ、夢を愛し、夢を記録する習慣がある私としては致命的なミスである。とはいえ、記録することはそこまで多くはなかった。なにせこのタイプの夢は何度も見たことのあるタイプであり、すでに同じようなメモがいくつもあるからだ。しかし、今回は普段とは違う点があった。


 いつもは目的地に辿り着く前に目覚めるのだが、今回は目的地へ辿り着くことが出来た。その場面と感じたことを思い出しながらメモをとっていく……。


「雪景色を楽しみながら温泉宿へ向かう……、人は少なく……バスを降りてからは寒さを感じ……、雪道は人が通った跡が少なく……」


 声に出しながらスマートホンにメモをとっていく。

 実のところ、すでに夢の記憶は少しずつ抜け落ちつつあった。夢の記憶はすぐに記録しメモとして残さなければ、違いはあるものの大抵消えていってしまう。今回はメモを取り始めるのが遅かったせいでどうしても断片的なものになってしまう。それでも大切な思い出を記録するためにスマートホンに指を滑らせる。普段であればこの作業は夢の追体験のような感覚で楽しいひと時なのだが、どうしても脳裏では別のことを考えてしまう。


――『異能』や『オカルト』の存在だ。


 今回の夢はそのどちらも出てこなかったと思う。前回の夢もそうだ。しかし現実に『異変』は起こったし、その原因は判明していないままだった。

 前回の夢から目覚めた後、私のスマートホンには夢で出会った女の子の画像が保存されていた。画像のデータから、おそらく私のスマートホンのカメラ機能で撮られたものであろう謎の画像。


 あの日買い物から帰った後自宅でもう一度調査したのだが、結局原因は分からなかった。別の視点で夢そのものを調べたりもしたが結果は振るわなかった。

 そもそも夢に関しては多くの研究者や機関が研究や調査をしても完全に解明はされていないらしい。


 絶賛現在進行形で原因不明の出来事を体験している身ではあるが、そこに不安はない。むしろ、


――『異能』や『オカルト』を期待している自分がいる。


 どうしても脳裏にそれらがチラついてしまうのでメモを適当なところで切り上げ、少しだけ震える手で画像フォルダを開く。



――――なにも変化はない。



「…………」


 無言で数分スマートホンを眺めていたが、とくに変化はなかった。フォルダのトップには例の画像があるものの、それ以降には何も保存されていなかったし、フォルダ内のどこにも追加されていたものはなかった。


「…………」


 明らかにテンションが落ちている自分に気付く。何かに期待をこめて、画像フォルダ以外も調べてみたが変化はなかった。


「そうだ……再現性……」


 前回はサイトで見付けた画像を保存し、その画像を削除した後に例の画像が保存されていることに気付くことになった。しかし、同じ行動を繰り返してみても、削除した後にトップに表示される画像は例の画像であり、新たな画像が保存されていることはなかった。例の画像が明らかな『異変』なだけに、なんともいえない気持ちになった。


「なにもないのか……?」


 ほんの少しだけ声に苛立ちが混じる。


 その後も調べてみたが、何の変化もない期待外れの結果となった。落胆すると同時に、やはり自分は『異能』や『オカルト』を期待しているのだと思った。


「じゃあ結局この画像はなんなんだ……」


 振り出しに戻ってしまった。

 そして、実際この画像の調査は行き詰っていた。前日の買い物帰りに画像データそのものを現状出来うる限りの方法で調べてみたが、何もわからないままだった。そもそも出来ることが少ないのだ。

 自分のスマートホンで撮影されたデータであることから、結果は分かりつつも『画像検索』にかけてみたが、ネット上にはなにも手掛かりはなかった。

 検索エンジンに画像から得られる情報を断片的に入力してみたが、結果は無関係だと思われるものばかりだった。


 そもそも画像自体が、『色々なものが混ざり合う背景の中で微笑む女の子』である。二次元のイラストであれば意外とそういうものもありそうだし、なんならSNSやネットの掲示板で画像をアップロードして第三者の意見や調査を依頼することも出来たかもしれない。

 しかし実際に保存されていた画像は三次元のものであり、あの子の存在に確信が持てない以上は気軽にネット上にアップロードすることは出来ないのだ。もしも現実に存在していたとしたら色々と問題になる。それに、なんとなく自分以外の誰かに見せたくない気持ちもあった。


「今起きていることを記事に……」


 なんて考えがふとよぎったが、それはないなと振り払う。今起きている現象を記事にするならば、『異能』や『オカルト』系になる。それらをテーマにした記事は久しく書いていないし、私に求められてもいないと思う。


 大昔は『オカルト』を題材にした記事を書いていたこともあるし、ホラー特集で『百物語』を作ったこともある。それなりに人気はあり、一時期は専門誌を出したこともあった。だが、加速する情報化やSNSの普及に伴い消えていった。『オカルト』は謎や不可思議、未解決であるからこそ映えるものであり、解明されてしまえば次第に消えていくことが多い。手品は仕掛けがわからないこそ楽しめる。


 とはいえ、同じような体験をした人がいないか調べてみるのは良いと思う。ネット上の『オカルト』系の掲示板などで調べてみるのも良いかもしれない。


 それ以外だと捜索願をはじめとした人探しがあるが、これは最終手段にしたい。

 上手く見つかり、存命でトラブルもなければいいが、そうでなかったときが問題だ。なにせ画像は私のスマートホンのカメラフォルダに入っているわけで、詳細を問われても説明が出来ない。

 対策手段として、画像をスクリーンショットして取り直す、あるいは別端末に送信することも考えられるが、それでも出所を詳しく調べられれば答えられなくなってしまう。


「夢から覚めたらスマートホンのカメラフォルダに入ってました」なんて話しても信じてはもらえないだろう。なにせ私自身がいまだに信じられない気持ちでいるのだから。


 ちなみに例の画像は一応パソコンにも保存しておいた。初めは移すことが可能なのか、そもそもそんなことをすれば何か良くない変化が起こるのではと少し不安になったが、特に何事もなく送信することが出来た。


 画像の調査は難航していたものの、眠りに就くまでは不安な気持ちはなかった。明らかに異常な体験をしたことで気持ちが昂っていたこともあるが、もう一度夢を見れば何らかの答え、あるいは続きが起こるのではないかと思っていたからだった。

 しかし結果は何も起こらなかった。夢の中で綺麗な景色を見られたことで、いつもならその余韻にひたり穏やかな気持ちになっているはずなのに、今はもやもやとした感情が広がっていくだけだった。


(よくない傾向だ……)


 何かに期待し、それが期待通りにはいかなかったとき。私はそんなとき決まって大きく落胆する。昔から変わらない。直したい、変えたいとは思っているのだが……。


「ご飯にしよう」


 いろいろと調べ物をして時間が経ったとはいえ、まだ夜中、いや早朝の四時である。

 それでも、今の気分を変えたかったし、なにより起きてからそれなりに空腹を感じてはいたので食事をすることにした。

 私は、『決まった時間』や『一定間隔』で食事をとるのではなく、『お腹が空いた』ときに食事をとるタイプだ。早朝だろうと関係ない。


「米が食べたいけど……今から米を洗って水に漬けて炊いてたら一時間以上かかるな……」


 今の気分としては米を食べたいのだが、前日に何も準備をしていないので炊き上がるまで結構時間がかかってしまう。普段ならそれでも良いのだが、今は大人しく待っていられる気分ではなかったので米は諦めることにした。ちなみに冷凍はしない派だ。米に限らず、食材を冷凍し長期保存するというのが嫌なんだよな……。実家の冷凍庫が冷凍保存された食材で埋まっていることが多かったが、なんとなくそれを思い出してしまうから嫌なのかもしれない。


「ラーメンで良いや」


 結局インスタントラーメンに落ち着く。インスタントといってもカップ麺ではなく袋入りのやつだ。実は一人暮らしを始めてから数年間、というか数ヶ月前まではほとんど調理器具がなく、袋入りのラーメンを食べることが出来なかった。お湯を沸かすケトルや、電子レンジやオーブンなどはあったのだが、コンロやクッキングヒーター的なものが一切なかったのだ。

 いつか買おう買おうとは思っていたのだが、忙しい日々と、単純に後回しにし続けた結果買わずに数年間経っていた。数ヶ月前にちょっとした切っ掛けでクッキングヒーターや鍋、皿などもまとめて購入した。

 いざ購入するとこれが結構便利で、最近はそれなりに料理もしている。もともと大昔に別の地域で暮らしていた時はかなり料理をしていたので好きなのかもしれない。洗い物は今でもめんどうだと感じるが。


(まあ……あの頃は一人ではなかったしな……)


 遠い昔の明るかった記憶を思い出し、また気持ちが沈んでいきそうになる。


「別に悪いことがあったわけじゃないんだ」


 気持ちを切り替えてラーメンの調理に取り掛かる。といっても、クッキングヒーターに鍋を乗せてお湯を沸かし、そこにラーメンを入れるだけだ。最近はネギにはまっていて大量に余っていたので、これも多めに入れる。あとは粉末スープを入れて胡椒で味付けして完成だ。これが料理といえるかは疑問だが、今は凝ったものを作る気が微塵も起きなかったのと、これで充分美味いから良しとする。


 台所から移動し、机の上に丼を持っていく。ラーメン用の丼は数日前に近所のデパートで購入したお気に入りのものだ。結構立派な美濃焼なのだが、あり得ないくらい安価で売られていたので少し不安だったが、今日まで特に問題も起きていない。強いて言うなら若干重いくらいだろうか。


 先ほどの調査中から起動したままのパソコンで動画サイトにアクセスし適当な動画を開いていく。頭の中を空っぽにしながら食事を続けているうちに気持ちも次第に落ち着いていく。


 空腹だったとこともありすぐに食べ終わってしまった。少し食べ足りないが、この後のことを考えるとこれでいい。食事を終えた頃には気持ちも落ち着き、家事をするような時間でもないので仕事の続きをしようと思っていた。


(しかし……何故仕事はやってもやっても終わらないんだ……?)


 ちらりと仕事机の上を見ると書類が溜まっていた。まずはそれらに目を通し、必要なものをまとめあげ、読者に受けが良い記事を作らなければいけない。


(そもそも記事を書いているのが、実際の現場に行ったことがない奴なのは良いのか?)


 ちびちびとスープの残りを飲みながらそんなことを考えるが、今まで担当から注意や忠告を受けたことはなかったので問題はないのだろう。

 ちなみに机の上には可愛らしいフィギュアが置かれているが『異変』とは関係ない。『ヒーホー』という口調のキャラクターだ。こちらに愛らしい表情で手を振っている。


「飲み物……」


 スープとは別の水分が欲しくなったので台所に向かう。時間はあるので本腰を入れて仕事に取り組むためにエナジードリンクでも飲もうか。


 私が何を飲もうか考えながら冷蔵庫の扉を開けたところで唐突に『それ』は訪れた。



「え……?」



 異物。いや、それ自体は異物ではない。ただ、『それ』がここにあることがおかしい。

いや、ここにあってもおかしくはないが、私の家の冷蔵庫にあることはおかしい。


 唐突に訪れた『異変』のせいで脳の処理能力がすでにパンクしそうになる。多分今名前を聞かれてもまともに答えられないだろう。

 そういえば歳を重ねてから年々受け答えに時間がかかるようになっている気がする……。しばらくして落ち着いたころに「なんであんな答え方をしたんだ?」なんてことを思い出してもやもやしてしまうまでがセットだ。


 思わぬ邂逅に訳の分からぬことばかり考えてしまう。違う、今考えるべきはそんなことじゃない。


 直接触れない方が良いのかもしれないが、とてもじゃないが知的好奇心を抑えて手袋を探す余裕などなかったので直接『それ』を手に取ってみる。


 『それ』は缶に入った飲み物だったが、買った覚えのないものだった。


 一瞬夢の中の自販機で買ったココアかと思ったが、どうも違う。あちらは全体的に茶色の見た目をしていたが、こちらは全体的に白い。


「ハハッ……」


 もう何も起きないのではないかと思っていたところに『異変』が起きたことで乾いた笑いが出てしまう。

 しかも今度は実物で登場ときた。


 目の前の非現実に驚きはなく、私は喜びと期待の感情が体中に広がるのを感じた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ