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第一話 夢の中で後輩の女の子とデートをした



 夢の中で女の子とデートをする夢を見た。


 目覚めた後その夢を記録するためにスマートホンを開くと、夢の中で出会った女の子の画像が保存されていた。


 少なくともここ最近……いや、生まれてこの方自分のスマートホンで三次元の女の子を撮影したことなどない。今年で三十五歳になるおじさんにそのような機会はない。


――なんだこれ。


 というのが一番の感想で、その疑問を解決するために私は現実的な方法で調査した。


 現実には『異能の力』や『超能力』、『魔法』や『魔術』は存在しないし、『異世界』に行くことも出来なければ『オカルト』な体験をすることもない。それらのほとんどは再現性に欠けるものが多く科学的に否定されている。『異能』や『オカルト』は現実には存在しない、それは現代を生きるほとんどの人が当たり前に認識していることである。


 現実には『異能』も『オカルト』も存在しないのが常識である。

 今日まで私はそう思っていたし、これからもそうだと思っていた。


 それなら私の身に起きたこの現象はどう説明すれば良いのだろうか。


 今日はもう遅いので寝ることにする。

 眠りに就くまでの僅かな時間に今日のことを思い出しながら。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

「…………夢か」


 夢から目覚めた私はすぐにスマートフォンに指を滑らせメモを取る。


――時任京谷(ときとうきょうや)、今年で三十五歳になる私には少し変わった習慣がある。


 『寝ているときに見た夢をメモする』ことだ。

 夢の中で見たことや体験したことを忘れたくない、もう一度思い出したい。そんな理由から始めた習慣である。


「綺麗な景色だったな……。それに、あの子優しくて可愛かったな……」


 余韻に浸り、意識が柔らかく温かなものになろうとして、しかし慌てて意識を戻す。

 夢を忘れないうちに素早くメモを書き込んでいく。夢から目覚め現実に戻ってくると、夢の中の出来事はすぐに現実に塗り替えられて忘れてしまう。

 箇条書きでもいい。事細かに書く必要はない。ある程度重要なポイントさえ押さえておけば、もう一度思い出し『続きを見る』ことが出来るようになる。夢の余韻に浸るのはメモを書き終えてからだ。


「こんなところか……」


 メモを取り終えてようやく落ち着くことが出来た。仕事場でもこれほどの緊張感をもって何かに取り組むことはない。それほどこの習慣は私にとって重要なのだ。


 私は人よりも夢を見る回数が多いと思う。幼い頃から夢を見ることが多かったし、年をとってからはさらに回数が増えたと思う。ここ数年は頻繁に夢を見ている。

 研究によると、夢はノンレム睡眠とレム睡眠の繰り返しの中で見るらしい。しかし、深い睡眠であるノンレム睡眠中に見た夢はほとんど記憶しておらず、おぼろげにしか思い出すことが出来ないらしい。


 もったいないと思う。


『夢は最高のプレゼント』


 どこかで見た言葉だ。私もそう思う。

 夢の中では、『異能』も『オカルト』も存在するし、体験することも出来る。


 世界を救う英雄になることもあるし、逆に悪の魔王のような存在になったこともある。

 三十五歳になった私でも夢の中では青春を感じることも出来る。

 もちろん嫌な夢を見ることもあるし、そもそも夢自体が意味不明な内容であることも多いが、当たり外れがあるのも悪くないと思う。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 夢から目覚めた私は朝の支度を済ませてその後の日程を考えていた。

 今日は休日で、親しい友人もいない私には特に予定もなかった。

 こういう日は大抵だらだらと過ごして一日が過ぎていくが、その日は違った。


「ふう……」


 換気扇の下で煙草を吸いながらスマートフォンでいつも見ているサイトを眺める。天気予報やニュースサイト、ネットニュースをまとめたサイトなど、ありきたりなものだ。

 だいたい煙草を吸い終わるころには巡回も終わり一日が始まるのだが、今日ははっきりとした夢をみたため、巡回は手短に済ませメモを開く。そこには今朝見た夢が書きなぐるように記されていた。


「病院で診察を終えた後、後輩の女の子に迎えに来てもらい、ショッピングモールでデートをする夢……」


 要約するとそんな感じだった。それだけ見ると正直意味不明なのだが、それでも夢を体験した私にとってはとても大切で温かく、そしてなによりその景色には色があった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「特に異常はないですね」


 おそらく診察室と思われる場所で、医者と思われる人がそういった。おそらくというのは、ここが夢の中だからだ。夢の中ではすべてが不確かで、しかしそこに不快感も不信感もない。


「一応お薬出しておきますね」


夢の中の私がどんな症状で診察されているのかわからないが、大事ではなかったようだ。


 その後窓口で処方箋を受け取り、近くの薬局で薬を受け取り店を出ると雨が降っていた。時間はだいたい十一時頃だろうか。朝から昼に変わる時間。夢の中の私は傘を持っていない。しかし慌てた様子もない。

 スマートフォンで何かを操作ししばらく待つ。


「…………」


 なにもしないでただひたすら待っている姿は現実の私と同じだ。違いがあるとすれば、現実の私は待つことが嫌いなのだが、夢の中の私にそのような様子はない。


 しばらくすると目の前に車が止まり窓ガラスがスライドした。


「先輩迎えに来ましたよ」


 車内から女の子がこちらを見ていた。少女と言うほど幼くはなく、女性と表すには少し幼さが残っている。先輩と呼んでいることからおそらく年下なのだろう。車内からこちらを見ている姿からは全身を把握することはできないが、顔は整っていると思う。というより可愛い。わりとよく見かけるタイプの女の子といった感じだ。

 しかし夢の中では違う。夢の中では感性も変わる。現実にはない色がある。ただ、その見た目には既視感を覚える。おそらく現実の何かに関連している。それが何なのかは思い出すことはできないが。


「ほんとすまん、助かるわ」


「あとでご飯おごってくださいね」


 そういって彼女はゆっくりと車を発進した。年下の女の子に迎えに来てもらうのはどうなのかと思うが、ここは夢の中だから申し訳なさを感じることもない。現実では絶対にあり得ないが。


「先輩、モール寄ってもいいですか? というかそこでご飯おごってもらってもいいですか? ご飯っていうかパン! なんですけど」


「お、おお……いいぞ」


 よくわからない関係性だ。後輩の女の子を迎えに行き、買い物に付き合うとか、ご飯をおごるとかならなんとなく関係性も読める。下に敷かれるというか、先輩を使うタイプの後輩の女の子なんだろうと思う。でも、この関係はどうなんだ。正直読めない。

 それでも夢の中の私は不快感を感じていない。このやりとりだけでは決して図れない何かがあるのかもしれないが、ここが夢の中である以上わからない。


 場面が急に変わる。パン屋でパンを選んでいる二人がいる。いきなり場面が変わるのは夢特有の現象だ。


「わたしもう決まってます!」


パンの乗ったトレイを持ちながら彼女はそう言った。


「選ぶの早いな! まだ見てすらいないんだが……」


「先輩も一緒なのにしましょうよ」


「それは……そうだな、そうするか」


 結局同じパンを2セットのせて会計を済ませる。その後イートインスペースに移動し二人でパンを食べることにした。店内から見える景色は相変わらずの雨模様だが、現実のものとは違い美しい色を感じる。私の目を通して見える現実の雨模様は白黒の点々だけだが、この夢の雨はカラフルで美しく見える。それと、このタイミングで気づいたのだが、夢の私は現実の私よりもかなり若かかった。おそらく二十代の頃の体も健康で、まだ色がはっきりと見えていたころの私だろう。

 会話の内容はわからないが、二人は何か楽しそうに話をしている。そこには暖かく優しい時間が流れていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 この夢は私の心が望んだものなのかもしれない。日々の生活の忙しさやしがらみにとらわれることもなく、ただただゆっくりと優しい時間が流れていく。あちらの世界では難しいかもしれない。


 仮に、現実で優しい女の子と食事をするようなシチュエーションがあったとしても、私はちっとも楽しめないと思う。そもそも歳が離れた、いわゆる『おじさん』が年下の女の子と一緒にいるだけで周囲の目線を集めるだろう。

 そして私はそんな目線が苦手だ。二人の関係性に問題がなかったとして、相手が女の子ではなかったとしても楽しめなくなる要因はあげればきりがない。


 ここ数年は外食をすることがなくなった。自宅で食事をするほうが落ち着くし、なにより周囲を気にする必要がない。休日にどこかへ出かけることも少なくなった。せいぜい日用品を買いに最寄りのスーパーへ行くくらいだ。休日は仕事の疲れを癒すための日になっていた。考えないようにしていただけで、本当は薄々気付いてはいた。


 私はもう若くはない。

 今さら異性にときめきたいとも思わないし、親しい友人とバカをしたいとも思わない。若い頃のような無茶をすればすぐに体に異変が起こり、それは若い頃のようにすぐには回復しないことも知っている。


 歳をとって、現実を知ってしまった。


 夢もなく、ただ日々流されるように歳をとった。知らないうちに大人になり、現実をしっかりと見つめることが出来るようになっていた。だから私の目を通して映る世界には色がないのだ。


 しかし、私は悲観しないし絶望もしない。

 現実では将来の夢を見つけることは出来ていないし、これからも出来ないだろう。

 それでも構わない。今夢の中の私は、温かく幸せな時間を過ごしている。


 当然夢はいつか覚める。

 だが、現実の私は夢が消えゆく前に形として残す習慣がある。そのおかげで大切な夢と思い出をいつでも現実世界で思い出すことが出来るようになっていた。

 もちろん、実際に体験したその時に比べれば感動は薄くなってしまう。それでも、たとえ夢の中であり、現実ではなかったとしても、そういう体験をしたという記録が残っているだけで、この色のない現実に少し色がついて見えるのだ。そして、それは私にとっての生きがいになっている。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「先輩今日楽しかったです」


 夢の中の彼女がさきほどよりも優しい声色で呼びかけてくる。おそらく彼女は普段このような感じではないと思う。少しだけ気が強く、甘えたような感じを人前では見せないタイプだと思う。夢の中の私はそう認識している。私に対しては気を許した態度をしていることや迎えにきてくれることからそれなりの関係性なのだと思う。ただ、付き合ってはいないと思う。


 そして気づく。また場面が変わっている。

 先ほどまでは雨が降る午後のショッピングモール内だったが、今は夜になっていて雨も止んでいる。とても静かで落ち着く時間が流れている。そして同時に、なんとなく『それ』も感じている。


「体が大丈夫そうでよかったです」


そういえば夢の始まりでは診察されていたんだったな。


「また遊びに行きましょ! 迎えにいくんで!」


 笑顔でそういった彼女に、ずっと奥底に押しやられていた感情が引きずりだされるような感覚を覚えた。可愛い女の子が自分に対して笑顔を向けてくれること。そしてそれが店員と客といった関係や会社の事務的なものではなく、純粋な好意から発せられていることへの嬉しさ。

 夢の中の私は彼女に何かを伝えるべく口を開きかけたが、その願いが叶うことはなかった。


――目覚めの時が近い。


 夢と現実の境界が薄れ、二つの世界が混ざり合っていく。

 目の前の景色も次第にぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた絵の具のように変わっていく。多くの色が混ざり合い、ある意味芸術的な景色にも感じる。そんな中で彼女は変わらず愛らしい姿を保っていた。


 もうこの時になると、夢と現実の私の意識も混ざり合い『これは夢』なのだと少しずつ気づき始める。しかしまだ意識は完全に覚醒はしてはいない。夢の中の私も現実の私もここにいたいのだ。


 しかしそれも長くは続かない。意識がほとんど現実よりに切り替わっていく。ほとんどの場合、この後私は目覚め、現実に帰ってきたことに落胆し、そしてすぐにメモを取りはじめる。夢を、大切な思い出を形にするために。思い出すことが出来るように。メモという形にすることで、記憶に刻み付け、『夢の続き』を見られる日が来ることを夢見て。


 そんな思いが夢の中にも反映されたのか、夢の中の私は、崩壊し混ざり合う世界でスマートフォンを取り出し何か操作していた。意識が覚醒しかけている状況で、もうほとんど目の前はよく見えないが何をしているのかは分かった。


――メモを取っている……。


 これには思わず笑ってしまった。確かに現実の私が仕事よりも大切にしている習慣ではあるが……。

 せめて夢の中ではギリギリまで楽しんでくれよ。


 そんな思いを胸に私の意識は夢の中から現実へと切り替わっていった。


「せ……ぱい……ま…………」


 彼女が最後に何か言っていた気がするが、夢という海底から現実へ浮上した私に届くことはなかった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 今日は普段よりも夢を思い出し余韻に浸る時間が長くなった。他人からすればよく分からない夢だと思うし、人によっては、『おじさん』が若い女の子とデートをしている夢を思い出して余韻に浸っている姿など嫌悪感を感じるものもいるだろう。


 ただ理解してほしい。私は夢を愛しており、そして現実を知っている人間だということを。


 私の人生はほとんど決定している、これからも今とたいして変わらない時間が流れていくのだろう。歳をとり少しずつ出来ることが減っていく。将来の夢は結局見つからなかったが、それでも寝ているときに見る夢があれば、少しだけ現実が色づくことを知った。

 現実で迷惑をかけたりはしない。自分の見た夢をメモとして記録し、それを時に読み返し思い出し、そして懐かしみ楽しむ。

 中々理解できない価値観だとは思う。


「今回の夢は当たりだったな」


 歴代の中でも上位の夢だと思う。これで上位なのかと思うものもいるだろうが、実際のところ夢のほとんどが意味不明だったり、そもそも目覚めたときに一瞬で消えてしまったりするものばかりだったりする。ひどいときにはいわゆる『悪夢』と呼ばれる夢を見ることもある。夢の中でも仕事をするのだけはマジでやめてほしい。いやマジで。


「そういや最後にメモをとろうとしてたな……」


 夢の最後の行動を思い出して少し笑ってしまった。慌ててメモを取る姿……。


「寝起きの俺っていつもあんな感じなんかな……」


 夢の中の私は立った状態でメモを取っていたが、実際には寝転がった状態でスマートフォンを操作しているわけなので違う。


「夢の中でとってたメモ……」


 これはあまりよくない思考だと思う。諦めたはずだ。とっくに理解したはずだ。そもそもさっきメモを選ぶときにはそんなものはなかったはずだ。他のメモに上書きされているかなんて確認する必要もない。それでも、確認してしまう。


――夢でとっていたメモがどこかに残されていないかを。


 現実には『異能』も『オカルト』も存在しない。わかっている。ただ、ちょっと期待とはまた違う、変化を欲しているだけなのだ。普段食べている弁当やパンを、その日は何か理由を付けて少し値段の高いものを選んでみるような。


「変化なし……か」


 当然だ。メモを取っていたのは夢の中。夢の中でのことはそこで終わり。あとはそれを現実の私がメモにする。いつもの習慣だ。ただ、夢の中のメモを探す過程で随分昔にメモを取ったきりのままだったものを発掘したり、また、そこから思い出に浸ることが出来たりもしたので悪い結果ではなかった。今日は休日だからまったり読み返したりするのも悪くはないと思う。


「久々にあのゲームやりたくなってきたな」


 何個目かのメモを見返していてふとそう思った。そのメモに記されていた夢の内容はわりとありきたりな異世界ファンタジーものだった。

 異世界に召喚され、強大な『異能の力』で敵と戦う物語。この夢を見たのは、当時はまっていたゲームに影響されたせいだろう。そのゲーム自体はやらなくなって久しいが、思い出したことで久々にやりたくなっていた。


 とっくに吸い終わっていた煙草の吸殻を灰皿に入れ、換気扇の下から移動し手を洗う。喫煙後は指に匂いが残るので必ず手を洗うのが習慣になっていた。外では絶対に吸わず家の中でだけ、本数も日に二三本程度だ。一時期は吸わなかったのだが、地元に戻ってからまた吸い始めていた。


 ゲーム機はわりとすぐに取り出せる場所に保管してあったので専用のケースから取り出し電源スイッチを押す。しかし起動しない。


「あー……電池切れか」


この機種はいったん電池切れを起こすともう一度起動できるようになるまで少し時間がかかるので、充電ケーブルを差してしばらく待つことにした。


 スマートフォンで適当なサイトにアクセスする。

 小説サイト……まとめサイト……、頭の中を空っぽにしながらそれらのサイトからサイトへ飛んでいく。気に入った記事をタップし流し読み、そこから関連する記事へ飛んでいく。


 しばらく適当な記事を流し見ていると、『保存しておくと便利な画像』といった記事を見つけた。その記事には、記号や単位をまとめたものや、正しい日本語の使い方をまとめた実用的なものもあれば、明らかにネタとしか思えないような画像などもあげられており結構楽しめた。その中でも、年号や単位がまとめられている画像はかなり実用的だったので保存した。


「これマジで壁紙にしてもいいかもしれんな」


 そう思い画像フォルダから壁紙に設定しようと思ったのだが、


「ちょっと見づらいな……」


 おそらくPCで編集されたであろう画像は、ズームしないで見ようとするとスマートホンの画面ではかなり見づらく感じた。壁紙に設定しておき、必要な時にさっと取り出して必要最低限の操作で見るといったことは難しいと感じた。と、同時に、老化による視力の低下といった考えも頭にちらつきはじめ、気分がマイナス方向に傾きそうだったので画像は思い切って削除した。



(……………………なんだ……これ……?)



 スマートホンを見つめたまま、一瞬まだ夢の中にいるのかと錯覚してしまう。それくらいあり得ないことが起こっていた。


 画像を消したことではない。あり得ないのはその後のことだ。

 削除した画像はスマートフォンの画像フォルダのトップに保存されていた。数分前に保存したばかりなので当然だ。その画像を削除したことでその前に保存されていた画像が表示されたのだが、それは『見覚え』のあるものだが、ここに、いやこの世界に存在しているのはあり得ないものだった。



 そこに表示されていたのは、夢と現実が混ざり合い崩壊する世界の中で優しく微笑む彼女の姿だった。



「あり……得ない……」


 スマートホンを持ったまま固まる。考える。色々な思考がぐちゃぐちゃに混ざり合い、考えがまとまらない。明らかに異常なことが起きており、すぐに何らかの行動を起こすべきだとはわかっているが脳と体の処理が追い付かない。心拍数は上昇し、少しだけ心臓が痛み出す。


 過去に何度か同じ経験をしたことがある。昔付き合っていた彼女に別れを告げられた時。勤めていた会社が経営不振で倒産することを告げられた時。家族が事故にあったことを告げられた時。どれも突然のことで、私はそういった時すぐに行動することが出来ずに固まってしまうのだ。


 私は基本的に変化を嫌うタイプだと思う。日々緩やかな時間が続いていけば良いと思っていて、変化を、とくに突然やってくるものを嫌う。


 久々に昔のゲームをやろうとして、充電中の待ち時間に適当なサイトを眺めて、その後はゆっくりと昔はまったゲームをプレイし懐かしい気持ちでも感じられれば良かったのに、突然の異変に邪魔をされた。私はこういう時決まってストレスを感じ、そしてそれが解消されるのには時間がかかる。

 ただ、今回は違った。日常の中に急な変化が起こったにも関わらず、私はストレスを感じてはいなかった。むしろ昂っていた。


――『異能』や『オカルト』は現実には存在しない。


 それは常識であり、私がとっくの昔に理解し、そして諦めていたことだった。

 それが起こった。起きてしまった。

 ぐちゃぐちゃになった思考を一端放棄し、もう一度手元のスマートホンの画像を確認する。


「あの子だ……」


 間違いない。夢で出会ったあの子。夢の中では後輩で、楽しい時間を過ごし思い出をくれたあの子だ。夢はいつもおぼろげで不確かなため、基本的に姿や形を思い出すことが難しいのだが、画像を見たことではっきりと思い出すことが出来た。

 心臓の鼓動が早くなる。何かをやらなければいけない。しかし、あまりにも非現実的すぎることが起こったことで脳の処理能力は限界を迎えていた。


 なぜ保存した覚えのない画像が保存されているのか。なぜ現実には存在しない夢の中の景色を映しているのか。限界を迎えた脳で、それでもいろいろな角度で調べることにした。

 

 まずは画像のデータを調べる。画像が保存されているのはカメラフォルダであった。このことからこの画像はほぼ間違いなく私のスマートホンで撮影されたものであるといえる。


 次に撮影された日時を調べる。しかし、撮影された日時も更新日時のどちらも表示されなかった。一瞬『オカルト』の足音が聞こえた気がしたが、実はこれは『オカルト』でもなんでもない。答えは単純で、私がそういう設定にしていただけのことだ。


 カメラで撮影された画像はデフォルトの設定(環境によって違いがあるが)だと、撮影された日付と、加工などを施した場合は更新日時が表示されるようになっていることがほとんどである。


 それだけならそこまで気にしないのだが、昨今のスマートホンには『位置情報』という機能があり、画像データには位置情報から『どこで撮影された』かまで分かるようになっているのである。


 当然その画像をネット上にアップし第三者が保存すると、いろいろな情報が筒抜けになってしまう。そこからいらぬトラブルが生まれることがあるため、私はそれらが表示されない設定にしていたのである。

 昔勤めていた会社が情報漏洩にかなり敏感な会社で、そのころの私はそれに感化され、自分の端末も同じような設定にしていたことを思い出した。


「あー……そんな設定にしてたなぁ……」


 とはいえ、撮影された時間はあまり問題ではない。問題は、この画像が自分のスマートホンで撮影されたものかどうかだった。調査の結果、この画像は私のスマートホンで撮影されたという『オカルト』な結果となった。


 ここで一端調査の手を止めて思考に集中する。


 結局この画像はなんなのか。そもそも自分の身に何が起きているのか。寝起きから一時間程度しか経っていないことと、予期せぬ事態に遭遇したせいで普段以上に思考が追い付いていない。ただでさえ歳を重ねてから思考速度が低下しているというのに……。

 今一度画像を見返してみる。


「うん、可愛い」


 一瞬、自分の視点が斜め後ろから自分を見ている第三者視点に切り替わり、女の子の画像をまじまじと見ている姿が映り『気持ちわりぃ』と感じてしまったが、気持ちが沈むことはなかった。


「あれ……? こんな感じだったか?」


 画像の女の子を見ていて気付いたのだが、夢の中で出会った子と見た目が少し違っている……ような気がする。しつこいが、夢の中の記憶はいつも曖昧なので、どうしてもはっきりと断言できないのだ。そのためのメモなのだが……。


(夢の中だけではなく、現実の記憶も怪しい時があるけど……)


 夢の中で出会った子は、『少し強気で明るい系』の女の子だったと思う。『強気』というよりは、はっきりと物事を言うタイプの方が正しいかもしれない。少なくともイメージはそうだ。


 髪の長さは肩にかかるくらいで、色は黒色ではないが何色だったかははっきりと思い出せない。明るい色だったとは思う。身長は私よりも頭一つほど小さく、全体的にスタイルは良いほうだと思う。良くも悪くもどこにでもいる女の子といった印象だった。


 だが、画像の女の子はどちらかというと『内気で大人しい』タイプの子のように見える。もちろんこの子と話したこともなければ会ったこともないし、そもそも現実に存在するのかもわからないのではっきりと言い切ることは出来ないが……。


 容姿に関しては、髪の長さは胸まであり、色は黒よりの茶色だ。他にも違いがあるとすれば、身長は夢の中で会ったときと同じくらいだが他の部位が違った。具体的にいうと胸だ。大きい……。年甲斐もなく気持ちが昂ってしまった。


(気持ち悪いおじさんになっているぞ……)


 夢で出会った彼女と画像の彼女は違って見えるのだが、なんとなく脳が同一人物だと認識していた。


「こういう子ほどモテるんだよな」


 別に恋愛経験が豊富なわけではないが、なんとなくそうなんじゃないかと思う。夢の中で出会った子は、比較的誰にでも好かれるタイプだと思う。画像の子は、普段はあまり日の目を浴びることはないが、密かに思いを抱いている異性は多そうだなと思う。


「というか結局この画像はなんなんだ……」


 少し考えて、ネットでいろいろと調べてまた考えてを繰り返していると二時間程たっていることに気づく。


「もういい……とりあえず買い物すませるか」


 これ以上悩んでいても答えは出ないような気がしたので他のことをすることにした。


 今日は仕事は休みの日ではあるが、休みの日には休みの日なりにやることがある。家の掃除や、仕事で使う資料の整理などは終わっているが、食料品や日用品が少し減り始めていた。


 私は免許を持ってはいるが自家用車はもっていないので、車を利用し一気に買うといった方法は取れないのでこまめに買いに行く必要がある。買い忘れをするとかなり面倒なことになるので、夢のメモフォルダとは別のフォルダに必要なものをメモし出かける準備をする。


 明らかな『異変』が起きてから数時間が経ち、まだ少し感情に揺らぎはあるが、いつも通りの行動をすることで比較的落ち着きを取り戻しつつあった。


 玄関で靴に履き替えたところで天気予報を見るのを忘れていたことに気づく。


 私の住んでいるところは『都会のような田舎』と言われることがあるような地域で、一年を通して雨が多い。

 『弁当忘れても傘忘れるな』などという格言があるくらいには雨が多かったりする。


 スマートホンで素早く確認すると雨の予報が出ていた。もっとも今は一月も半ばで、この時期は頻繁に雨や雪が降るので傘は持っていくつもりだった。ただ、予め雨が降ると分かったうえで降られるのと、急に降ってくるのとでは気持ちが違う。

 後者のような予定外の出来事はストレスを感じてしまうので、予め知っておき身構えておくことで少しストレスを緩和することが出来る。


(今日はとんでもなく予定外のことが起こったんだがな……)


 今朝の出来事を思い出しながら傘を手に、玄関のドアを開き外に出る。


「絶対降るわこれ」


 外の景色と空気の匂いで即座にそう思った。『雨が降る前の匂い』というのか、明らかに雨が降る前の空気を感じた。おそらく一時間もしないうちに降るだろう。


 すでに時刻は夕方。休日はいつも昼過ぎに起きてからだらだらと過ごし、あっという間に夜になる。

 買い物を済ませて家事を終わらせる頃には夜になり、その後はテレビや動画を見ながら食事を済ませて風呂に入れば日付をまたいでいることがほとんどだ。


 今日もそうなのだろう。明らかな異変が起きたのにも関わらず、しかしそれでも現実は変わらず過ぎていく。

 自家用車を持たない身なので、駐輪場で自転車の籠にバックを入れながらそんなことを思っていた。


(何か……忘れている気がする……傘は持ったしなぁ……)


 寝起きに衝撃的なことが起きたせいで記憶がはっきりとしない。

 とても大切なことを忘れている気がする。絶対に忘れてはいけないことを。


――実際この時の私は大切なことを忘れていた。しかしそれを思い出すのは幾度目かの夢の中でのことであった。


 思い出さない方が幸せだった。何も知らずに夢を見ていられることがどれほど幸せか、この時の私はまだ知らない。


(まぁ良いか……買い物を済ませて帰ってまったりしよう)


 それでいい。現実は変わらずゆっくりと流れてくれればいい。そう思いながらも、自身の身に起きた小さな『異能』や『オカルト』になにか期待してしまっているのも事実だった。


 そう、期待しているのだ。


 あの画像を見たときは確かに驚いた。驚きはしたもののストレスは感じなかったし、それどころか、久しく忘れていた感情の昂りを感じた。


(あれで終わりではないはずだ……)


 隠すつもりなどない。私はもう一度なにかが起こることを期待している。

 そして……、



――その夜もまた夢を見た。



 夢はまた私に『異変』をもたらした。ただ、それは前日の夢とは違う形での『異変』だった。



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