2:落ちぶれた王子様(3)
さて、話を戻そう。
シオンは、王位を譲ると宣言したかつてと同じくらい真っ直ぐな目をしている。
「私は所詮、側室から生まれた王子です。そして、王位を弟に譲ると宣言したあの日から、王族であるとすら思っていない。それに、生涯未婚を宣言して大層自由に生きてきました。今更、誰かの夫にも王にもなれません」
とうとう苛立ちすら隠さない様子で、シオンは言葉を終えた。その態度に国王も一瞬目を逸らすが、今回ばかりは折れてくれなかった。
「何度も言っているが、お前に拒否権はない。どれだけ王族を嫌おうとも、その身に流れる血は王族のものに他ならない。王族は、それに生まれた以上は最後は国のために生きなければならないのだよ」
決して譲らないと、いかにも王族のように独裁的な雰囲気を醸し出して言った。長年、王として培ってきた迫力にシオンも一瞬怯む。
「たしかに、そうですが……」
シオンは正論を言われてしまい、反論することができない。たしかに駄々を捏ねて解決する問題ではないし、それが許される立場でもない。勝手なことをしてとレオンを憎みたくなる気持ちもあるが、先に王位を捨てると勝手なことを言ったのは自分かと言う自覚もあるため、それを口にすることもできない。
「それに、お前の方がレオンより王に向いてると思うぞ。その証拠に、私は最後までお前が王になるべきだと譲らなかっただろう」
「それは、まあ……」
確かに譲りはしなかったが、それはプライドとか世間体とかそんは理由だと思っていたシオンは、突然の発言に驚きながら返答をした。それに対して、ほら見たことかやっぱりこうなったと、国王は言葉を続ける。
「レオンはな、たしかに頭も良いし常人とは違う発想力もあった。しかしな、王に必要な力は突飛な考えなどではなく、数多の意見を聞き、時には強い者の、時には弱い者の立場に立って物事を測る力だ。それにおいては、お前の方が秀でているだろう」
「父上……」
突然の告白にシオンはただ言葉に詰まってしまう。そんな、情に流されるような真似はしたくないのに。
「レオンはなあ、引くと言うことができんのだよ。しかし、王には時にそれも大事だ。シオン、お前ならその駆け引きも上手くできると信じているぞ」
話を聞くにつれて諦めてはいたが、そこまで言われたシオンは仕方がないかと腹を括った。
「分かりました。お話、受け入れます」
諦めたシオンには、それだけ言い残し軽く頭を下げるしかできなかった。
話は冒頭に戻り、そう言った事情でシオンは、今なぜこうなったのか信じ難いが、人生の帰路に立たされている。
「はい、誓います」
牧師のお決まりのフレーズに、くだらないなと思いながらも返事をする。こんなの、この場に来てこの返答以外できるはずがないのに。
隣には、未だに顔すら見たことがない女の子が立っている。そんな子と、今日結婚するだなんて誰が思うだろうか。彼女も本音では良く思っていないのか、純白のヴェールから透けて見える肩が小さく震えている。
当たり前か、この子だって拒否することもできず結婚させられて、おまけにその相手がこの俺だ。ここ十年ほど自由に生きてきたから、色んな噂も聞いているだろう。
「新婦、アイラ・バレンシナ。永遠の愛を誓いますか?」
可哀想に、牧師のその言葉にも詰まってしまっている。自分も被害者であるが、身内の失態ではあるため致し方ないと思うこともできる。しかし、この子にしてみたら事故に巻き込まれたようなものだ。
「……アイラ・バレンシナ?」
再度、牧師にそう言わらると、彼女は消えそうな、か細い声で返事をした。
「は、い……誓います」
初めて聞いた声は、小さく壊れそうな声ではあったが、高すぎない澄んだ声をしており、綺麗な声だと素直に思った。今まで遊んできた子達は、まあ相手も悪かった自覚はあるか、いやに媚びた甘ったるい声が多かったため、どこか耳障りが良かった。
「では、誓いのキスを」
それを聞きシオンは少しだけ、心臓がどきりと鳴った気がした。今更どうすることもできないが、果たしてどんな子なのか。どんな女の子でも構わないけれど、せめて共に国の中心に立つ者として恥ずかしくない子であればいいな、と内心失礼なことを考える。
俯いたままの彼女のヴェールを上げるのは、少し気が引けるけれど、このまま動かないわけにもいかない。初対面で、もしかしたら初めての経験かもしれないけれど、結婚式である以上はどうしようもないから我慢してくれ。そう思いながら、シオンはヴェールにそっと手をかける。
ゆっくりと、観衆をもったいぶるかのようにヴェールを持ち上げる。ドキドキしながら見ていくとそこには、絹の様な銀色の髪を一つにまとめた、この世のものとは思えないほど綺麗な女の子が、今にも泣きそうな顔をして立っていた。
「えーっと……ごめんね?大丈夫?」
シオンは、どう声をかけようかと迷ったが、真っ青な顔で小さく震えている彼女があまりに可哀想で、つい謝ってしまった。
「っ……あ、の」
なんとか返事をしようとしてくれているのだろう、戸惑いながらも声を発してくれた。その瞬間、シオンの全身に稲妻に打たれたような衝撃が走った。可愛い。なんて可愛い子なんだ。
「ちょっとだけ我慢してね」
シオンは、そう耳元で小さく囁くと、彼女も少しだけ顔を上げてくれた。即座に、こんな大勢の前ではじめてのキスをするのはもったいないと思い、口元を手で隠しながら、そっと口の端にキスをした。
牧師からは見えているのかもしれないが、彼だって政略結婚の結婚式は何度も経験しているだろう。こんなことは慣れているはずだと勝手に思う。
「……へ?」
驚いたようで呆然と上げられたその顔は、雪のように真っ白な肌に、宝石と見間違うほどに煌めく瞳を持った、誰もが息を飲むほど美しいお姫様の姿があった。
「二人に祝福を!」
そう牧師が告げると、参列者達から拍手や祝いの言葉を投げかけられた。ずっと乗り気でなかったシオンだが、この時はすっと祝福を受け入れることができた。
「さ、行こうか」
それだけ言い、嘘偽りない笑顔を彼女に向け、シオンはそっと手を引いた。
触れた手は冷たく、小さく震えている。シオンは、結婚式が終わったらすぐにでも彼女が抱えている不安と誤解を解こうと思った。
それにしても、とんでもなく可愛い子だ。可愛いとか、綺麗とか、そんな言葉で表しきれないくらい、今まで見てきたどの女の子よりも美しい。
しかしながら、なぜこんな子が23歳まで嫁ぎ遅れることになるのだろうか。顔だけでも引く手数多だろう。そんな疑問を抱えながらも、まあいいか可愛いしと思い直す。
シオンとしては、結婚する、王位を継ぐと言うだけで条件反射的に無理だと返事をしていたため、相手が誰だろうと関係なかった。どんな相手かなど気にしていなかったため、まさかこんなにも好みの子が来るとは思ってもみなかった。
結婚相手は未だにどこか怯えた様子でいる。それにしても、女の子と遊んでいたと言う噂だけ耳にしているのであれば、嫌悪感はあれど怖がるだろうかとシオンは再度考える。
解決しない疑問はいくつかありながらも、単純なシオンは夢心地のまま手を引き教会を後にした。
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