2:落ちぶれた王子様(2)
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それはたしかに、頭を抱える理由も分かるとシオンは思う。国王も、事の重大さを分かってくれたかと言いたげだ。
「それでな、まあどちらが悪いと言う訳でもない気はするんだが、レオンは自分のせいだと言いはってなぁ……仕方がなく、王家が国内最大の財力を持つ公爵家と、円満に婚約を結んだと言う形にしてもらったのだ」
「それはそれは……」
その時の状況を目に浮かべ、とんでもない心労であっただろうとシオンは心の底から讃える。
「これでルベルト家の方はなんとか収まったが……どこから漏れたのか、この婚約話だけ広まってしまってな、次は国外から睨まれてしまったのだ」
なるほど確かにとシオンは思う。他国にしてみれば、急に武器製造大国である国の王子が、そこの公爵家と婚約したとなると、武器を使い何かしでかすのではと脅威でしかないだろう。
「それはまあ……他国にしてみれば王家が公爵家と共同で武器を開発、製造するのではと疑いますよね」
シオンははっきりと言った。それに対して国王は、ぐうの音も出ないと項垂れる。
かつて国同士が武器を手に争っていた頃、ガナンシェ王国は戦争で国を大きくした歴史がある。現代にもなって同じ過ちを犯すつもりはないが、では世界中が平和になったかと言われると、そうではない。
未だに小さな小競り合いは起きているし、各国間での輸出入産業の不満や、過去の戦争の遺恨など、小さな火種は落ちているのが現状だ。
そんな最中、国が武器産業にテコ入れをしているような動向が見られたとなると、戦争が起きるのではと疑う見方も出てくるだろう。
「我が国としてはそんなつもりはないのだが……近国では軍事強化をしだす国も出てきている。そんな状況からか、国民も何が起こっているのかと不安の声が上がってきてしまった」
そんな馬鹿なと、とうとうシオンも頭を抱え始める。レオンの恋心が世界を巻き込んで混乱させているとは、なんて事だ。
「そこでだ、我が王家に敵意がないことを国内外に示すために、聖女の力を持つメルテナ王国の第二王女との結婚が必要になったのだ」
そう言うことかとシオンは納得してしまった。原因と結果がかけ離れすぎてはいるが、国王の言っていることも理解はできた。
レオンの行いにより戦争の疑いをかけられている、と言うよりかは、ずっとガナンシェ王国がいつか軍事侵攻をしてくるのではと疑っていたのだろう。これらの現状を払拭するために、永世中立を誓っているメルテナ王国王女との結婚は、国を運営するにあたり間違ってはいない。
「たしかに理解はできましたが……メルテナ王国側はそんな簡単に王女を手放したんですか?しかも、聖女の力を持っている王女を?何か裏があるとしか……」
シオンの心配をよそに、それなら問題はないと返答が返ってきた。
「その聖女も訳ありのようでな、社交界嫌いの出不精のせいで23歳まで婚期を逃し続けてしまったらしい。とは言え、いつまでも自国で暮らさせるわけにもいかないと困っていたところに、こんな話が降ってきて、先方も渡に船と言ったところのようだ」
言われてみれば、メルテナ王国の第二王女をどのパーティーでも見たことがないなと思い返す。第二王女ともなれば、何らかの誕生日やデビュタントなんかで挨拶することもあるだろう。しかしながら、話をした記憶どころかどんな顔なのかも分からない。
「そうですか。理由も状況も理解できましたが……やはり私には、結婚も王位も向いていないかと。申し訳ないですが、養子でもなんでも取ってください」
シオンはここまで聞いておきながら、きっぱりと断った。今までの行いが全てなくなると思うなよと言いたいのだろう。
そもそも、シオンが頑なに王位を拒むのは、王族にありがちな複雑な家族構成によるものだった。
ガナンシェ王国の第一王子として産まれたシオンだが、その母親はいわゆる側室だった。表向きでは跡取りが産まれたと喜ばれてきたが、裏では側室の子かと言う嘲笑の声も聞こえてきた。側室であったことから、正妻側の嫌がらせなどもあったのだろう、元々体の弱かった母親は心労もあり早くに亡くなってしまった。
そして、シオンが生まれた約5年後に、とうとう正妻は男児を産んでしまう。それがレオンだ。自分の時とは違い、喜びの声しか聞かない状況に、幼いながらシオンは愕然とした。そして、所詮どれだけ努力をしても生まれや血は変えられないと、全てを諦めることに決めた。
『レオン様はすばらしい才能をお持ちだ。政治学も経済学も他の人とは観点が違う』
『それに比べてシオン様は……努力はされていますが、一般人止まりですわね』
『それにあの瞳。正統な王家の血筋であれば金髪金眼だが、あれはまるで魔物のような深い緑色だ』
『いくら第一王子とは言え、継承順位だけで決めて欲しくはないですね』
幼い頃から、見た目も内面も学力も全て比べられたシオンはとうとう、王家にも貴族にも嫌気がさした。地位でしか物を語れない奴らと誰が進んで家族になるものか、それらの象徴であるような王になど誰がなってやるとものかと、強く決意した。
『父上、王位は継ぎません。皆さんのご要望通り弟に譲ります。私は僻地で雑務など致しますので、これ以上期待をしないでください』
シオンははっきりと父親に告げた。その時、齢十歳であった。
しかしながら、それを許さなかったのが他でもない父親である国王だった。はじめは、誰がなんと言おうと王位継承順に従うと譲らなかったが、シオンの意志はそれよりも固かった。
数年の言い争いを経て、最終的にシオンが逃走計画を立てたあたりで、父親が折れた。
『お前の気持ちは分かった。王位はレオンに継がせよう。しかし、国から出ることは許さん。せめてこの国の伝統ある暗黒騎士団の長になれ。騎士団の信条と同様に誰よりも強く賢く冷静であれ。それが条件だ』
ここが落とし所かと、シオンもやっと首を縦に振った。こうして、王族として最低限の知識と、王族の中で圧倒的な剣の腕を誇る、落ちぶれた王子が出来上がった。
幸か不幸か、シオンはそもそも深刻に物事を考えないタチだったのと、何よりも見た目が良かった。そして、昔から決まって女性は強い人間に惹かれるものだった。
努力して手に入れた剣の力と、恵まれた見た目と、そこそこの自由を手に入れたシオンは、これ幸いと遊びに遊んだ。今までの鬱憤を晴らすかのように遊んだ。
来るもの拒まず去るもの追わず。誰にも本気にならず、誰にも本気にさせない。生涯未婚を宣言して、死ぬときは一人静かに逝こうとまで十代の内に覚悟したのだった。
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