2:落ちぶれた王子様(1)
――病めるときも、健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、死が二人を分つまで、愛し続けることを誓いますか――
うーん、まあ誓ってもいいけど……
今更俺がどうこう言ってもねえ、
神様も信じてくれないんじゃないかなあ。
出来損ないの王子で悪いけど、許してね。
祝福を装って聖歌隊が和かに歌っている。その歌に耳を傾けてみるが、聖学をまともに聞いてこなかったため何を意味しているのかは全く分からなない。
汚れ一つ、埃一つない純白の正装をさせられ、隣には同様に純白のドレスを着た女の子。薄いレースのヴェールで顔を覆われているため、どのような表情をしているか分からないどころか、今まで一度も会ったことも話したこともない。
そんな女の子と、どうやら俺は今日結婚するらしい。シオンは今、人生の帰路に立たされている。
シオン・アーチェカルロ。
ガナンシェ王国の第一王子であり、先祖代々暗黒騎士の血筋を引く。
金を織り込んだかのように輝く髪は、正統な王家の証の一つでもあり、その輝きは神々しく、誰もが崇めてしまいたくなる様な迫力がある。
少しだけ日に焼けた肌には、血色の良い薄い唇と、エメラルドの様に輝く優しげな瞳、高さのある鼻が完璧なバランスで置かれている。
そう、まるで絵本の中の王子様を体現させたかのような彼は、自他共に認める遊び人だ。その容姿と柔和な声、その地位すら活用して数多の女性を虜にしていく様は、もはや病気だとすら揶揄されていた。
――そんな俺が、なんで結婚。結婚はしない、自由に生きていくって何年も言っていたのに。なんでまた、今になってこんな事になるのか……――
もう一度言おう。シオンは今、こんなはずではなかったと後悔の念を抱きながら、人生の帰路に立たされている。
事の発端は1ヶ月前に遡る。
「シオンもそろそろ身を固めてもいい時期だろう。だがな、どうせお前のことだ、何を言ってものらりくらりとかわされるからな。既に隣国のメルテナ王国に結婚の依頼を出しておいた」
シオンの父親であるガナンシェ王国の国王は、さも当たり前のことのように、まるで初めから決まっていたかのように話をしだした。
「は……?な、んの話でしょうか……?」
それに比べてシオンはと言うと、鳩が豆鉄砲を食ったように、ただぽかんとした表情をしている。
「そんな、戸惑った顔をしても無駄だ。こちらから出した依頼だからな、今更拒否権はないぞ」
すらすらと話を続けていく国王に、シオンはいつもの冷静さを失いただ口を開き固まってしまっている。
「なに、心配することはない。先方も喜んでお受けするとのことだ。色んな事情があってな、来月……約1ヶ月後には略式の結婚式を挙げなければならない」
「えっ、来月に結婚式って、そんな……!」
ぼんやりと話を聞いていると、急に大胆で現実的な日程が降りてきたため、シオンが焦りながらも言葉を遮ると、国王はため息を吐き、何故だか厳しそうな顔をして続けた。
「驚くのもよく分かる。ただなあ、我が国の事情を鑑みるにそう悠長なことも言っていられないのだ。とは言え先方にも申し訳が立たないからな、まずは略式の結婚式だけだ。追って大々的に結婚式と披露宴パーティーは開こう。何度も言うがこちらに拒否権はないからな」
「なっ……いや、そうではなく……そもそも、王位継承は弟に譲る代わりに結婚はしないと……そうだ、弟のレオンはどうしたんですか?」
シオンは事の状況が理解できていないながらも、孤軍奮闘で頭を動かす。こう言い出した父親の前では、誰も味方につかないと知っているからだ。
しかしながら国王はその問いかけに、さっきよりも厳しい表情で首を大きくゆっくりと横に振った。
「レオンがな、我が国の公爵令嬢と駆け落ちしたのだ。地位も名前も何もかも捨てると言ってな」
そう語る国王は、長年国内外の様々な問題に直面してきたであろうに、そのどれよりも困惑しているように見えた。
「……シオン、お前は国王にはなりたくないと言っていたな」
「はい。今もなる気はありません」
言いにくそうに言葉を紡ぐ国王の問いかけに、シオンははっきりと答える。迷いのないその態度は、先ほどまでとは大違いだ。
「まあ、私はずっと反対したが……最終的には私が折れて、それならば、せめて騎士団を率いろとお前には剣を学んでもらったな」
「はい。厳しい時間でしたが……今となっては良い経験をさせて頂いたと思っています」
シオンは優等生のような解答をした。とは言え、本人としても嘘を言っているつもりはない。
「それは良かった。ああ、そうだ、本当ならな、それで全てが良かったのだが……単刀直入に言おう。弟がいない以上は王家の血を継ぐ者はお前しかいない。国王に、なってくれないか」
今更撤回なんてと国王も自覚はあるのだろう、大層言いにくそうに言葉を紡いだ。
「えっ、え、王位を継ぐ……?本気で言っていますか?と言うよりレオンが駆け落ちって……今からでもそちらを戻した方が良いのでは……」
結婚だけじゃなく王位まで継げと言われ、シオンは焦る。それよりも弟が駆け落ちってなんだ。あいつずっと真面目一本で生きてきたのに、その反動なのか。いや反動大きすぎるだろ。
「それができたらとっくにやっておる。なんだ、その、相手が問題でな、ルベルト公爵家の一人娘、マリア令嬢と駆け落ちしたのだ」
「えっと、ルベルト公爵家と言えば、国内最大の武器工場を持つ……」
ガナンシェ王国の王族は、暗黒騎士の血筋を持つが、その名残もあり世界でも有数の軍事力を誇っている。何百年も前は戦争で国を大きくしていたが、現在は国同士も大きすぎる戦争は控える傾向にあり、ここ何代も戦争は起こっていない。
では、どうやって国力を維持しているかと言うと、対魔物用の武器の輸出産業だ。長年の戦争経験が物を言い、武器と言えばガナンシェ王国だと言われるまでにその産業は大きくなった。
その我が国の重要産業の最大手が、ルベルト公爵家が持つ武器製造工場だ。ルベルト公爵と言えば、貴族にしては珍しく妻を一人しか持たず、またその妻も体が弱いからと一人しか子どもを産まなかった。
それが女の子であるため、いつかは婿取りをして跡を継ぐのだろうと言われてきた。たしかに、その令嬢に王族が婿入りするのはハードルが高く、駆け落ちでもしなければ叶いそうにもないのかもしれない。
「駆け落ちとは言ったが、実際は未遂でな。二人で国を出ようとしたところをルベルト公爵家が血眼になって追いかけ、阻止したのだ。あいつも娘が可愛いのだろう、二人を説得して家に連れ戻した後、正式にアーチェカルロ家に御意見が入った」
国王は本当に困り果てたと頭を抱えている。御意見と言うと、正式に王族にクレームを入れたに等しい。普通の貴族であれば斬首ものだが、ルベルト公爵家は国内の財政を握っていると言っても過言ではなく、無下に扱うことも難しい。
そこにクレームを入れられたとは、とさすがのシオンも顔が引き攣っている。
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