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1:男嫌いの聖女様(3)

 さて、話を戻そう。

 アイラは泣きそうな、いや、ほとんど泣いている表情でふるふると肩を震わせている。


「本当に、怖いんです。私がいけないのは分かっています、私の頑張りが足りないのも……でも、どうしても怖いんです。側にいるだけで、考えるだけで震えが止まらないんです」


 とうとう涙ながらに訴える。それを見てさすがの国王も胸が痛んだのだろう、うっと言葉に詰まった。しかし、またしても王妃はアイラの甘さを許しはしなかった。


「アイラ、あなたは一国の王女でしょう?王族はね、国民が汗水垂らして働いたお金で生きているの。それなのに引きこもっているなんて、許されるはずがないです、国民が許してくれるはずがないです。この国の王女としての役割を果たしなさい」


 次は優しげな表情を閉じて、とてもはっきりとした口調でそう告げた。


「それは……たしかに、そうですよね……」


 アイラは正論を言われてしまい、もう納得せざるを得ない。たしかに23歳にもなって、いつまでも引きこもっていて、これから生涯城から出ませんなんて国民に示しがつかない。


「それにね、私達そろそろ、この席を譲ろうと思っているの」


 ね、あなたと、国王の腕を軽く触り王妃は言った。それに対して、そうだったと思い出しかのように国王は言葉を続けた。


「私達もな、年老いてまで現役は辛いからな。もう何年かしたら、お前の兄であるダニエルに王位を継承する予定だ。お妃候補のルミル姫にもその話は通してある」

「ね、そう言うことよ、アイラ。ルミル姫の立場も考えてみなさい。いつまでもあなたが小姑のようにこの城に居座り続けたら、ルミル姫も過ごしにくいでしょう。もしかしたら、邪険に扱われてしまうかもしれないわよ」


 全部あなたのためを思っての事よ、と有無を言わせない口調で締められてしまい、アイラは項垂れながらも、最終的には首を縦に振るしかなかった――


 話は冒頭に戻り、そう言った事情で、アイラは今人生最大の危機に瀕しているのだ。


「はい、誓います」


 牧師のお決まりのフレーズに結婚相手がそう告げた。少し低い、耳触りのいい声で何の迷いもなく言葉を発していた。


 ああ、どうしよう。男の人がこんなに近くにいる。同じ空間にいるだけでも動悸がするのに、呼吸すら聞こえる程近くにいるなんて。心臓が未だかつて経験したことがないくらい早く動いている。このまま不整脈を起こして死んでしまうかもしれない。


 アイラは純白のヴェールの下で、真っ青な顔をしていた。前日からよく眠れなかったせいで顔色が悪い上に、数年ぶりに聞いた家族以外の男の人の声に吐き気を覚えているからだ。


「新婦、アイラ・バレンシナ。永遠の愛を誓いますか?」


 どうしよう、声が出ない。よく考えたら牧師さんも男の人だ。前にも横にも、考えたくもないけど後ろにも男の人がいる。四面楚歌じゃないか。答えなきゃいけない、分かってるけど、声が出ない。アイラは細い肩を震わせて固まってしまった。


「……アイラ・バレンシナ?」


 再度、牧師にそう言われて、アイラはびくんと体を震わせてか細い声で答えた。


「は、い……誓います」


 やっとの思いで出した声は、通ったか通ってないのかアイラにも自信がなかったが、牧師が満足そうに次の言葉を続けたところを見るに、たぶん耳に届いてはいたのだろう。


「……では、誓いのキスを」


 それを聞きアイラの心臓がドクンと大きく全身に響いた。今はヴェールで直接対面していないから、なんとか平静を装っているけれど、これが捲られたらどうなるのか。


 脳裏に嫌な光景がフラッシュバックする。暗がりに連れていかれ、押し倒され、手足を押さえつけられて、どんなに力を入れても抵抗しても押し返されて。気持ちの悪い、熱い息づかいも、汗の匂いも、頭に焼き付いて離れない。


 怖い、怖い、怖い。どうしよう、逃げ出したい。でも、ここで逃げ出したら私だけじゃない、国の問題になってしまう。最悪、戦争が起こるかもしれない。そう思うと逃げ出すこともできない。


 そんな事を考えていると、アイラのヴェールにそっと手がかかった。息がうまく吸えず、喉から呼吸が止まったような嫌な音がした時、ゆっくりとヴェールが上げられ目の前が開けた。


「えーっと……ごめんね?大丈夫?」


 アイラが俯き、真っ青な表情で固まっていると、結婚相手の方から声をかけられた。


「っ……あ、の」


 なんとか返事をしようと思うが言葉にならない。相手方も困っているようで、数秒静止したが、いつまでも止まっている訳にもいかないと思ったのだろう、すっと動き出した。


「ちょっとだけ我慢してね」


 耳元で小さく優しく囁かれたその声は、不思議と嫌な感じはせず、アイラも少し顔を上げる。その瞬間、流れる様な手つきで優しく頬を覆われ、驚いている間もなく、口の端に唇が当たった感触がした。


「……へ?」


 呆然として顔を上げるとそこには、陽の光を直接浴びたわけでもないのにキラキラと輝く金髪に、深い緑色の瞳をした、まるで絵本の中から飛び出してきたかの様な、王子の姿があった。


「二人に祝福を!」


 そう牧師が告げると、呆気に取られているアイラを置いて参列者達から拍手や祝いの言葉を投げかけられた。


「さ、行こうか」


 それだけ言うと、絵に描いたような王子は、アイラの手を取り歩き出した。


 触られた手が震えて止まらない。背中に生暖かい汗が流れる。怖い、気持ち悪い、この場から一刻も早く逃げ出したい。


 でも、すっごく美しい人だ。本物のおうじ様みたい。いやまあ確かに本物の王子なんだけども。


 何を隠そう、アイラと結婚相手の王子は、この結婚式が初対面だった。そもそも1ヶ月後に結婚式なんてスケジュールに無理があり、身の回りの整理や、嫁ぎ先に持って行く荷物の準備、アイラの心の準備など色々と忙しなく、とうとう対面できないまたここまで来てしまった。


 アイラにしてみれば、男の人と結婚と言うだけで条件反射的に無理だと返事をしていたため、相手が誰だろうと関係なかった。そのため、何の疑いも持たず、今ご対面となったわけだ。


 手の震えはいまだ止まらない、血の気が引いているのか指先から冷たくなっていく感覚もある。でも、叫んでしまうほどの嫌悪感はない。


 アイラは自分の気持ちに整理が付けられないまま、手を引かれ教会を後にするのだった。

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