1:男嫌いの聖女様(1)
――病めるときも、健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、死が二人を分かつまで、愛し続けることを誓いますか――
神様ごめんなさい、誓えません。
どうしても誓えないんです。
どんなに頑張っても無理なんです。
不出来な私をどうかお許しください……。
壁に張られたステンドグラスは、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。嫌に声が響き渡る、十数メートルはあるだろう天井には、精巧なシャンデリアが堂々と吊り下がっている。
汚れ一つ、埃一つない純白を基調にした教会の中、大きな十字架の前に立ち、アイラは人生最大の危機に直面していた。
アイラ・バレンシナ。
メルテナ王国の第二王女であり、先祖代々聖女の血筋を引く。
その力が強いほど輝くと言われている白銀の髪は絹糸のように美しく、腰まで伸びたウェーブががったそれには、ついつい手を伸ばしたくなってしまう程だ。
透き通るような真っ白な肌には、淡い珊瑚色の小さな唇と、サファイアの様に輝く人形の様な瞳、上品に高さのある鼻が、完璧なバランスで置かれている。
アイラは誰もが息を呑むほどの美貌を持って産まれてきたのだが、残念なことにそれを全く活かすこともなく過ごしてきた。なぜなら彼女は、そう、自他共に認める男性不信だったのだ。それも、男嫌いなどと言った生半可なものではなく、もはや恐怖の対象にしかならない程、重症だったりする。
――そんな私が、なぜ結婚なんか。それも、遊び人と悪評高い隣国の第一王子と。なぜ、なぜですかお父様お母様。私が何をしたって言うんですか――
もう一度言おう。アイラは今、人生最大の危機に直面している。
事の発端は1ヶ月前に遡る。
「アイラ、朗報だ。隣国のガナンシェ王国から結婚の話が来ている。他でもない、無理だ嫌だと延々と駄々をこね続けて嫁に行き遅れたお前にだ」
アイラの父親である、メルテナ王国の国王は満面の笑みで、これ以上喜ばしいことはないと言わんばかりの表情をして言った。
「な、何をおっしゃっている、のでしょうか……」
それに比べてアイラはと言うと、言われた言葉全てが信じられずにだだ唖然とした表情をしている。
「こんなに喜ばしいことはないだろう。社交界にも出席しないどころか、年頃の令嬢との茶会にも誘われないし誘うこともない。そんなお前に、国王直々に結婚話が降ってきたのだ。こんな良い話は二度とないぞ」
すらすらと話を続けていく国王に、アイラは金魚のようにただ口をぱくぱくと開いたり閉じたりすることしかできない。
「なに、心配することはない。もう了承の返事は出しておいた。先方もなぜだか急いでいるようでな、早ければ来月、1ヶ月後にでも略式の結婚式を挙げたいとのことだ」
「なっ、来月に結婚式って、そんな……!」
アイラが焦ったようにそう言うと、国王はもっと嬉しそうな顔をして続けた。
「そう驚くことはない。略式の結婚式だと言っただろう。追って大々的な結婚式と披露パーティーは開きたいとも言われていた。お前を歓迎してくれているのだ、何度も言うがこれ以上良い話はないだろう」
「なっ……そう、そうではないんです!あの、もう、お母様からも何とか言ってくださいな!」
アイラは半泣きになりながら、王妃である母親に助けを求めた。母親なら、突然の嫁入りなんて止めてくれるだろうと期待したからだ。
しかしながら頼みの綱であった母親も、首を軽く横に振り諦めなさいと言った表情だ。
「アイラ、良い子だから、23歳にもなってお母様達を困らせないで?」
独身の頃はその美しさで何人も虜にしてきたのだろう顔を少し顰めて、王妃は言葉を続ける。
「あなたはとってもとっても可愛い子よ、親の贔屓目なしでもね。でもね……せっかく花嫁修業までしてあげたにも関わらず、いい歳にもなって行き遅れた娘がいつまでも引きこもっているのはね、恥でしかないのよ」
王妃は優しい顔とおっとりとした口調で酷いことを言った。アイラの頭には、鈍器で殴られたような衝撃が走るが、それでもなんとか状況を覆せないかと食い下がる。
「でも私、あの、そう、ずっとこの国から出たことがないので、いきなり他の国でなんて……知らない内に失礼なことをしてしまうかもしれませんし……」
そんな我が国に恥をかかす様なことはできません、と続けようとしたところを、一人の人物が遮った。
「姫様、その点は心配いりません。幼少期からずっと姫様のお世話をして参りましたこの私が、嫁ぎ先のお国でも変わらずお世話致します」
「ニナ……あなた……」
アイラの侍女、ニナだ。忙しかった両親よりも長い時間を共に過ごし、いつも親身になって話を聞いてくれ、どんな時も側にいてくれた人物だ。
しっかり者の彼女ではあるが、彼女こそこの国から出たこともなく、また出るなんて思ってもみなかっただろう。それでも迷いなく付いて行くと言ってくれたその決意に、アイラはうっかり引っ張られそうになった。
一瞬だけ、感動のあまりにそれならと引き受けそうになったが、違う違うと首を振り我に返る。
「そうではありません!よく考えてください、顔も知らない見たこともない、おまけに引きこもりの第二王女と、誰が結婚したいなんて思いますか!?きっと何か裏があるんです、そうに決まってます」
みんな騙されています、落ち着いてくださいと言うアイラが一番動転しているが、誰もがそんなことはどこ吹く風だ。
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