表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/43

6.お屋敷紹介、それから探検

 ギルフォード邸は、外観から想像するよりもずっと広かった。

 通常、貴族の屋敷は正面から見た際に一番大きくなるように造られるものだ。顕示欲の象徴ともいえる。だから、この奥行きを広く取られたギルフォード邸は珍しい造りだと言える。

 シンプルかつ上品にあつらえられた調度品はどれもベルタの好みそのもので、自分の部屋にいるときのような落ち着いた気持ちになった。もしかしたら、実家よりもしっくりくるかもしれない、と感じる。

 絵画も絨毯も手すりまで、どことなく温かい。


 応接間、書庫、大広間、喫茶室、厨房……。マティアスの後をついて一つ一つ見て回る。厨房の前を通り掛かった時には、料理人にクッキーを一つ口に入れてもらった。おおらかそうな太った年配の料理長は、マーサと言うらしい。

 「お腹が空いたらいつでもおいで」とウインクしてくれた。


 共用スペースと個人の居室は少々離れた造りになっている。一度で覚えられるかどうか……後でこっそり探検してみよう、と思った。間違って個人のお部屋に入ってしまわないように、個室の場所のみ頭に叩き込んでいく。


「それから、私の部屋はこの廊下の突き当りを左」

「わたくしの部屋とは、遠いのですね」

 何の気なしに言った言葉だったが、マティアスはびっくりしたようにベルタを見て、ふ、と笑った。

「結婚式が終わったら、近くにしようか」

「あ、……えっと、そういう意味では!」

 分かっている、というように目を細めて、マティアスはベルタを見つめた。優しい目だ、と思う。


「あとはそうだね……この階段を降りると、使用人の部屋があるよ」

「はい。たくさん住まわれているのですか?」

「ここには、庭師と料理人と、侍女が3人の合わせて6人だけ。執事は私たちの居室の集まっているところの入口の部屋」


 使用人は思ったより多くないようだ。すぐに名前と顔も覚えられるだろう、とほっとした。

 実家では長く働いてくれている者が多く、物心ついたころにはすでに知った顔ばかりだったため、新しく人を覚えるのが苦手なのだ。

 社交界にあまり出る気持ちになれなかったのは、そんな理由もあった。水色のドレスの人、やラベンダーの帽子の人、のような覚え方では当たり前だが通用しなかったのだ。

 華やかな美人は皆同じ顔に見える、とベルタは思う。

 かといって、自分のように見栄えの良くない女は記憶にも残らないだろう、とも。ベルタのことを覚えていて、ベルタと話をしようと近付いてくる人は家族くらいだったから、別に人の顔なんて覚えていなくても何の支障もなかった。今までは。


 でも、これからは違う。マティアスのことも、そのご両親であるギルフォード伯爵夫妻のことも、同じ家に住む人達全てが新しい家族なのだ。

 しっかりしないと。


 ふと、気付いた。

 庭師も、本館に居室を持ってると言っただろうか。

 昨日見た、白塗りの離れがやはり気にかかる。使用人の部屋ではない、ということだろう。今は誰も住んでいないと言っていた。


 開いていた窓、美しく保たれている離れ、なのに『老朽化』を理由に近寄ることを禁じられている。

 理由はいつか分かるときが来るだろうか。教えてもらえるくらい信頼されたら。どんな理由があったとしても、大したことなどないと笑える時が来たら。


 教えてもらえるまで、待たなくても怒られないかしら?


「ベルタ?」


 黙り込んだベルタの顔を覗き込み、マティアスは心配そうに眉根を寄せた。

「疲れた?」

「……いいえ、記憶の確認をしておりました」

 マティアスはベルタの髪を指で一掬いして、さらさらと流れるそれを見つめる。

「無理はしないでください。まだ、先は長いのだから」

 屋敷の紹介、ではなく先の生活を言っているのだろう。

 夫となる人の優しさを感じるたびに心に過ぎるいろいろな事に一時目を瞑り、ベルタはこくりと頷いた。


 明日、一人で屋敷内を見て回っても良いかきいてみると、

「もう貴女の家ですよ」

と微笑んでくれた。では、遠慮なく。


◇ ◇ ◇


 翌朝。

 ベルタは、スコーンと紅茶の香りで目を覚ました。

「おはようございます、お嬢様」

 リタが、朝食の準備をしてくれている間、手早く着替えた。

「よくお休みでしたね、疲れたのでしょう」

「ベッドがとても心地よくて。……とってもいいにおいね」

 見ただけでサクサクなのが分かるスコーンに、澄んだ紅茶、ミルク。

「一人で食べるのはもったいないわ……リタもどう?」

「では、遠慮なく」

 姉のような存在の侍女、リタはベルタよりさきにスコーンを一つつまんで口に入れ、ふむとつぶやいた。

「毒は入っていないようですね」

「ぷっ……」

 冗談めかして言ったリタに続いて、ベルタも一口。

 程よく甘いスコーンにほっとして、ただそれだけで幸せな気持ちになるのだった。



「――さて。出かけます」

「え、どこへですか」

 食事がすんだベルタは、すっと立ち上がり、髪を手早く束ねてくるりとアップにし、バレッタで留めた。動きやすいように装飾少なめのワンピースは、ベルタの大好きな若木色。風景に溶け込むにはもってこいだ。

「探検に」

「……敷地の外には出ないで下さいよ」

 探すのが大変ですから、と言ってリタは自分の仕事へと戻っていった。いろいろ訊かないでくれるのは助かる。信用されているのか、呆れられているのか。


 部屋を出ると、まずは書庫に向かうことにした。どこに行ってもいい、と許しをもらえているがさすがに勝手に持ち出すのはだめだから、面白そうな本があればタイトルをメモして、と考えながら適当に歩く。それにしても、誰にもすれ違いませんね、この家は。目立たない服を選ばなくても問題ないくらい、人目がない。


 が。


「迷ってしまったわ……」

 迷ったどころの話ではなかった。いつの間にか、外に出ている。雨に濡れて輝く、円形にきれいに揃えられた植木の庭が目の前に広がっていた。初めてこの屋敷に来た時に見た庭。

 考え事をしながら歩いていたから、というかあまりにも適当に歩いていたから、元来た道を戻ることもできなさそうだった。

 となれば、できることはただ一つ。

「誰かに会えるまで歩き回るしかないですね」

 使用人は少ないようだったが、それしかない。気楽に探検を続けることにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ