後日談.次男はつらいよ
長兄、テオドールに部屋に呼ばれたヴァルターは、じっとソファに座って兄が話し始めるのを待っている。
かれこれ20分は黙り込んだままだろうか。用がないなら呼ばないでくれ、と言いたいところだが、兄がひどく迷った様子でうろうろしたり虚空を睨んだりしているのを見ているのもそれはそれで楽しく、なんとなく待っている。
「……ヴァルター」
ようやく口を開いた兄は、視線を何もない方へと向けたまま、声を潜めていった。
「何ですか」
「頼みがある」
「そうだろうと思ってました、けど珍しいですね」
テオドールは典型的な長男で、父親の言うことはよく聞き、下の面倒はよく見る。自分を出すよりも与えられた役目を堅実にこなすことを得意とする、誠実で実直な男だ。
弟に頼みをするなど、「出かけるついでに手紙を出してきてくれ」と頼まれたことがあったくらいで。
今までさんざん世話になってきた兄からの頼みとあれば、断る気もない。けれど、内容にもよるのでじっと続きを待った。
人に頼りなれていない兄は、言っていいのかどうかを迷っているようで、数秒押し黙った後にゆっくりと口を開いた。
「しばらく、父のサポートを頼んでもよいだろうか」
「それは別にいいけど」
元々、父の後継であるテオドールをサポートする仕事をしている。それが繰り上がるだけであれば、負荷が増えるだけで特に大きな変化はない。わざわざそんな大げさな、と思いながら軽く受けると、テオドールはほっとしたように表情を微かに緩めた。
「何か新しいことでも始めるんです?」
「あぁ」
「へぇ。何か訊いても?」
「商売を」
「へぇ!」
商売がしたいだなんて話は今まで聞いたこともなかった。
貴族の嫡男が商売。いや、領地経営の中で商売にかかる仕事もなくはないが、……。
ふと、商売と聞いて美しい夫人の顔が脳裏をよぎった。まさか?
「……本当にそれだけですか?」
「え?」
「いつからしたかったんですか」
なぜか頬から耳までを真っ赤にして目を泳がしている。兄の今まで見たことがない様子に、ヴァルターは不審な目を向ける。
「いつからですか」
「……15歳の時」
「10年前ですか。ずっとですか」
「ずっとだ」
「聞いたことないですけど」
「話せなかった」
ついには頭を抱えてしまったテオドールの様子に、ヴァルターは深く息をついた。
「……うまくいったら、戻ってこないんですか」
「うまくいかないと思う」
「うまくいかないと思うのに、試したいんですか」
「諦めなければいけないことはわかっていた。が、――」
「ベルタの結婚式で、その考えを改めた、ということですか」
はじかれるように振り返る兄に、ヴァルターは手をひらひらと振った。
「了解です、兄さん。頑張ってきてください」
「ヴァルター、」
「僕も欲しいですからね、美しくて頭のいい姉が」
「!!」
何か言い繕おうとしている兄を置いて、ヴァルターはそのまま部屋を出た。
10年越しの兄の想いに、今まで全く気付かなかった。
気付かせないようにしていたのだろうけれど、ずっと耐えていたのかと思うとたまらない気持ちになる。
(ま、散々お世話になってきたし)
ちょっとぐらい恩返し、プラスで恩を売っておくのも悪くないか、とため息をついた。
「……リュカも巻き込んでおくか」
優秀すぎる兄の穴を埋めるのに、自分と弟だけで足りるとも思えないけど、と今後のことを考えるとちょっと頭が痛いヴァルターだった。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
短期集中でアップできました。
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『元公爵夫人の、死ぬまで続けたいお仕事について』
で、ポーリーンのその後を連載中です。
そちらも、お時間あればぜひ。
暑い日が続きますが、どうぞ皆さまご健康に。
2022.7.10




