最終話.二人の夜、祝福の花
日が沈むころ、結婚式はお開きとなった。
マティアスとベルタは、帰途につく出席者の最後の一人までを見送り、締まる門に深く礼をして、同時に息をついた。
「お疲れ様、ベルタ」
「――お疲れ様です、マティアス様」
朝から立ち通しの話し通しで身体は疲れているはずだけれど、気分が高揚しているからかまだまだ動けそうだった。昼過ぎにはウェディングドレスから少しカジュアルなドレスへと着替えたこともよかった。ポーリーンの采配には、感謝しかない。
「夕食にしようか」
「はい、……あまりおなかが空いていないのですけれど」
「私もだ。では、お茶だけ」
優しく差し出される手に手を重ねて、日の落ちた庭を横切ってゆっくりと歩く。火照った顔に、ひんやりとした風が心地いい。
屋敷のドアをくぐると、玄関ホールは花で埋め尽くされていた。
「おかえりなさいませ!」
「リタ! すごいお花……」
「はい、参加してくださった方々がお持ちくださったお花です」
色とりどりの花を眺めていると、これほどたくさんの方が来てくれたのか、と胸が熱くなる。
ふと、一輪の大きな花に目が留まった。
肉厚の一枚の花弁が、大きな花芯にくるりと巻き付いている。今まで見たことがない色をしている。
「これは、」
「珍しいな。この色のアロムは南方の一部の地域でしか咲かないはず」
大輪のアロムは、深い藍色をして、光の加減で虹色に輝く。
「とても綺麗。……あ、」
茎に巻き付けられていたリボンがひらりと落ちた。拾い上げると、小さく刺繍がしてある。
『おめでとう』
「マティアス様、これ、」
震える手でリボンを握り締めたベルタの頭を、マティアスはそっと抱き寄せた。
「よかったな」
「――はい!」
リボンに刺繍してあったのは、祝意とホイットモー家の印章。まぎれもない、フィオーネのものだ。無事だった、お祝いを言ってくれた、お花を贈ってくれた!
列席者には全て挨拶をした。その中に、この花を持ってきてくれた方がいたのだろうか。フィオーネがいたらすぐに気付くはずだから、きっと使いの人が来てくれたのだろう。
「ただ、ご本人が来ていない、ということは」
「分かっております、大丈夫」
完全に無事を確認したわけではないから、まだ安心してはいけない。けれど、ベルタの結婚式を知って花を贈ってくれるほどにフィオーネのことを気にかけてくれている人がいるということなのでは、と嬉しいのだ。
「住んでいるところや何かの連絡があったら、行ってみるか」
「はい!」
「その、……新婚旅行がてら」
「!」
微かに照れたように微笑むマティアスの胸に手を当てて、ベルタは顔を綻ばせた。
今日から、この優しい人の妻であるという実感が、じわじわと手のひらから伝わってくる。
「ありがとうございます」
姉のことを気にかけてくださって。
わたくしのことを選んでくださったことも。
すべては言葉にならなかったけれど、ベルタの瞳はまっすぐにマティアスを映し、マティアスはようやく安心したように息をついて妻を静かに抱き寄せた。
「幸せにする」
「――はい」
口下手な二人は、多くの言葉を交わさなかった。
それがすれ違う原因となったこともあったけれど、夫婦となったこれからは、大切なことは口に出す。聞きたいことはちゃんと聞く。当たり前のことを当たり前にしていくことを約束した。
まず、今伝えたいことは。
「マティアス様、――」
その言葉で、幸せな笑みをくれる人がいるから。
耳元で囁き返してくれる声は、ベルタだけに聞こえる優しい声だから。
(本編完結)
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