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4.弟の心配と姉の帽子

 マティアスを見送って部屋に帰ってくると、ソファの上で腕を組んで憮然としている弟が待っていた。

 姉の部屋に我が物顔で居座る弟。侍女もなぜ勝手に入れてしまうのか、と苦笑い。


「リュカ、女性の部屋に勝手に入ってくるのはいかがなものかしら」

「お邪魔してます」

 遅いわよ、と笑って、ベルタはリュカの正面に腰掛け、ほっと息をついた。自然と緊張していたようで、安堵で力が解けたのがわかる。


 紅茶とお菓子を運んできた侍女が下がるのを待ち、リュカは眉間にしわを寄せながら不機嫌そうに口を開いた

「で、どうだったの?」

「どうって?」

「マティアスだよ! 女を囲ってるくせに、自分とこより上の爵位の嫁をもらおうっていう、恥知らず!」

 外には漏れないように小声で、吐き捨てるようにそう言う弟に、ベルタは首を振った。

「口を慎みなさい」

「他に誰もいないんだし、いいだろ」

「だめです。聞かれなければ良い、というものではありません」

 一つしか違わなくても、姉は姉。三男であっても侯爵家であるのだから、それなりの威厳を保たなくてはいけない。


 人差し指を立て、ベルタは言った。

「まず、マティアス様はあなたの兄になるのですから、暴言はいけません」

「俺は認めていない」

「わたくしが受けたのですから、あなたの承認は不要です」

 祝福してもらえればそれは嬉しいが、別に弟の反対など何の意味もない。

 ベルタの発言に、むっとしながらもリュカは口をつぐんだ。

「それから、わたくしは次女ですがマティアス様は嫡男です。だから、爵位云々はどうでもいい話です」

「どうでもよくはないでしょ」

「さらに」

 まだあるのか、と頬を膨らませるリュカ。

「“女を囲っている”というのは……事実かどうかはわかりません」

「みんな言ってる」

「少なくとも、マティアス様はそのことはおっしゃいませんでした」


 ただ言いにくかっただけかもしれないけれど。『申し訳ない』と言われた理由も、そういえば聞けていなかったことを思い出した。が、言われていないものは言われていないと思いなおす。


「ご本人の口からそのお話が出るまでは、何も知らない……何もない、ということにしておきましょう」

「愛人を囲ってなんかいない、って信じるってこと?」

 うまく説明できそうにないので、ごまかす様に笑った。

「マティアス様は、悪い人ではなさそうでした」

「ちょこっとしか話してなかったじゃん」

「お姉様よりもわたくしのことを選んでくださったのですし」

「言うこと聞かせやすいと思われてんじゃないの?」

「たとえ、そうだとしても」

 こくり、と一口紅茶を飲んで。


「マティアス様の愛する相手がもし、別にいるのであれば。わたくしもそのかたを愛しましょう、と」

 強がりではない、心からの言葉だった。

「決めたのです」

「ベルタ……」

 心配そうに眉を下げたリュカの頭を抱き寄せて、ベルタはことさら明るく声を弾ませた。

「この結婚が、誰かを不幸にするものであってはいけません。マティアス様のことも、もし本当に実在するのであれば、ですが、その女性のことも大切にいたしますし……リュカも安心してこの姉を送り出してください」

 ベルタの腰に腕を回し、ぐっと強く力を込めて、リュカは小さな声で言った。

「姉さんは頑固だ。安心なんてできるわけないじゃん」

 こうしていると、まだ幼かったころのリュカとそう変わっていないように思える。

 甘えん坊で、兄や姉、ベルタにくっついて回っていたリュカ。身体は大きくなっても、やっぱり末っ子は末っ子。いつまでも可愛い弟、リュカ。


「何かあったらすぐに行くから」

「その場合は事前のアポイントをお願いいたします。もう、他家の嫁になるのですから」

「ほんと、頑固!」


 ぷくっと膨れたリュカの頬をつっつきながら、顔を見合わせて二人で笑った。

 大丈夫です、リュカ。姉は幸せですよ。

 心配してもらえるというだけでも、本当に幸せです。




 その日も、夜まで待ったがフィオーネは帰ってこなかった。

 目撃情報もなく、伝言も手紙も何もない。身代金要求も来ていないし、考えたくはないことだが、遺体の発見もなかった。


 丸一日以上が経ち、父や兄にも焦りの色が見えてきた深夜。


「フィオーネお嬢様の、お帽子が!!」


 静かな邸宅に、叫ぶような報告が響いた。

 フィオーネの帽子が、発見された。

 姉自身は、まだ見つからないと。


 つばの広い白い帽子は、フィオーネのお気に入りだった。

 ベルタが選び、長兄が買って渡したフィオーネ17歳の誕生日プレゼント。あれから5年が経ち、もういい加減新しいものを買ってはどうかと言われても、

「これが良いのよ」

 そう笑って幸せそうに微笑むフィオーネは、まさに女神のような美しさだった。



「帽子、どこにあったんだって?」

 翌日。

 ベルタの部屋に、次兄ヴァルターと弟リュカがやってきた。どうしていつもわたくしの部屋に集まるのかしら、とベルタは思う。喫茶室だって中庭だってあるのに。呼ばれたら行きますのに。

 ヴァルターに問われ、給仕の手を止めて侍女が答えた。

「はい、ノースポリの町だそうでございます」

「ノースポリ!? ほとんど国境に近いほうじゃないか!」

 馬車で行ったって2日はかかる。そんなに遠くで、どうして。

「本当に、姉さんの帽子なのか?」

「はい、そのようです。ホイットモーの紋章が刺繍してあったとのことですし。ですが」

「ですが? 何?」

「子供がかぶって遊んでいた、と」


 失踪した姉の帽子を、辺境の町の子供がかぶっていた?

 状況がまったくわからない、が、

「姉さんが見つからないんじゃ……帽子なんかどうだっていいさ」

「あ、でも、でもですね、ベルタ様!」

 侍女のリタが嬉しそうに声を弾ませて言った。

「お帽子に気付いてご連絡くださったの、マティアス様の私設隊だったんですよ」

「そうなのか?」

 びっくりしたように眉を上げ、

「はい、旦那様もさすがにノースポリまでは調査を派遣されておられませんでした。マティアス様の私設隊は、そちらで何かご用があったようで。落とされていたようですよ、と届けてくださいました」


 そういえば、まだフィオーネが失踪したことは伏せられているのだった。

 ということは、ただ厚意で、遠方で発見された帽子を持ち帰ってくれたのか。


「良いかたですね」

 ベルタがそうつぶやくと、

「はい! ベルタ様の嫁ぎ先にふさわしいかと思いますわ! 末端の従者まで親切なんですもの、マティアス様もきっととびぬけて素晴らしい方ですわ!」


 はしゃぐリタに、ベルタは「そうね」と笑った。

 あまりよくは知らないけれど、知らないからこそ、こういう小さな気付きを大事にしたい。




 それから数日。

 兄や弟、兄を訪ねてきた友人、様々な人からマティアスの話をいろいろ聞いた。というか、聞かされた。貴族の青年、年配の学者、果ては出入りの商人まで。彼のことを悪く言う人はいなかった。性格、働きぶり、真面目な人のようだった。

 ただ一点、

「でも、屋敷の離れに女性を住まわせている」

ということを除いては、だが。


 周知の事実、というやつなのだろうか。何人もの人から、離れに住む女性のことを聞いた。何者かもわからない、美しい妙齢の女性らしい。これは、ギルフォード邸に商品を届けた使いや、客人を乗せていった馬車の馬丁も見たことがあるそうだ。

 でも、マティアスはあいさつに来た際にそのことについてまったく触れなかった。それがとても気にかかる。

 真面目な人なのであれば、何か話をしてくれるのではないだろうか。

 それとも、それだけ大事な女性で、何かの訳ありで、匿っている……?

 でなければ噂はただの噂で、事実無根で。ご本人はそんな噂が立っていることすら知らないから話題に出ない、とか?


 考えてもしょうがないことだとは思うのに、どうしても気持ちが落ち着かない。

 マティアスが訪問してから、すでに数日。彼からは一度お花が届けられたことがあったが、それだけだった。会ってもいない。


(婚約……したんです、よね……?)


 婚約なんてしたことは当然ながら初めてで、こんなにも会わないものなのか、と不安になる。

 これまでは、一人でいることに慣れ切っていた。自分の心境の変化に戸惑いながら過ごしていると、ギルフォード伯爵から父へと、ベルタの引越の要請があった。

 結婚式の準備と生活の基盤を築くため、マティアスとの時間を少しでも持ち縁を深めるため。もちろん、その話し合いは双方の父親同士で行われたのだろう、姉が帰ってくるまで家にいたいというベルタの思いは、一蹴された。


 慌ただしく引越の準備を行い、3日後にギルフォード邸へと移ることに決まったのだった。


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[気になる点] なぜヒロインは会ったこともない相手に対して最初から卑屈大全開で、一度会ってもまともな話もしてないのにここまで積極的に奴隷になろうとするんだろう。伏線?読んでいけば分かるのかな。ヒロイン…
[一言] きょうだいものに弱いのです…末っ子かわいいですよね…みんな幸せになれ…
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