37.それぞれの想い
忙しく準備に追われながら、時折不安が胸によぎる。ポーリーンは、そのたび少し手を止めて考える。
マティアスとベルタの、一生に一度の良き日。その日を台無しにするわけにはいかない。ここまで頑張ってきた、自分のためにも。もちろん、若い二人のためにも。
(――クロードは、来るかしら)
来ないわけがない。マティアスとは付き合いが長いのだし、ここは愛人を住まわせていた家でもある。
夫が来たとき、自分は冷静でいられるのだろうか。
夫は何か無体なことをしないだろうか。
ベルタに、マティアスに迷惑をかけるようなことはないだろうか。
たくさんの人が来るだろう。そんな大勢の人を前に、公爵ともあろう者が恥知らずな真似はしないだろう、という計算もあって案内を大量に撒いた。
人ごみに紛れれば、ポーリーンを見つけにくいだろう。
(見つけようとしているかもわからないけれど)
結婚式に出席するのに、妻を帯同してこないというのはちょっとしたスキャンダルになるかもしれない。
まさか愛人を伴ってくるようなことはないだろうけれど。
(結局、わたくしはクロードのことばかり考えてしまう)
きちんと話をしていないから、自分の中で何も解決していないのだ。
愛しているからクロードのところに戻りたいのか、他の女に取られるのが嫌なだけなのか、いや、どちらも違う気がした。
(クロードの気持ちが知りたい)
知った後、自分の気持ちがどうなるのかはまたその時に任せたい。
結婚式が無事に成功したら、一度家に帰ろう。
帰っても、歓迎されるかどうかはわからないけれど。
……すでにあの女が居座っていたりしたら、目も当てられないけれど。
◇◇ ◇
結婚式当日。
空気はまだ少し水気を含んではいるものの、すっきりと爽やかに晴れ上がった。
白薔薇は花弁も葉も雫で煌めき、朝の陽光を弾いている。
ベルタは、夜が明ける直前に自然と目が覚め、すでに式に向けて動き始めている屋敷の音に耳を澄ませながら外を眺めていた。
遠くから馬車の音がする。
人の足音、馬の蹄の音、いろいろな音が近づいて来る。
ギルフォード家の門に向かって集まってくる人影。皆、マティアスとその奥方になるベルタを見に来るのだ、と思うと身の置き所がないような気持ちにすらなる。
「お嬢様、おはようございます」
リタの声に振り返ると、リュカが立っていた。
「早く着いたのね」
「何だか眠れなくて、夜中に馬飛ばしてきた」
「怪我をしないように、とあれだけ言ったのに。危ないわ」
まだ言ってる、というように肩をすくめて、リュカは笑った。
「ベルタ……姉さんこそ、早起きしすぎて式の間に寝ないでよ?」
「そんな余裕はありません」
トルソーに飾られたウェディングドレスを見つめて、短く息をついた。
ヴィンテージの、美しいドレス。母も着たドレス、次は姉が着ることになるかもしれないドレス。
マティアスの母から譲られたアクセサリーも、ベールとともに置いてある。
式の前には、マティアスには会えない。結婚式前に新郎と新婦が会うことは不吉とされているため、偶然にも会わないように今日は歩くルートすら決められている。
「ドレス、楽しみにしてるね」
ひらひらと手を振って出て行った弟を視界の端で見送って、ベルタはまた窓の外を見つめた。
もうすぐ結婚式。
マティアスの妻になる。