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27.公爵夫人の失踪

 翌日の朝。

 昨日の幸せの余韻が残ってふわふわしているベルタの耳に、荷馬車の音と早馬の蹄の音が聞こえてきた。

 こんな早朝からどうしたのだろう、と思って時計を見ると、早朝というには少し遅い。朝食が済んでいてもおかしくない時間だった。


「――! 寝坊!」


 びっくりして飛び起きると、リタが笑いながら朝食を運んできてくれた。

「大丈夫ですよ、今日はゆっくり寝かしておいてほしいとマティアス様から言いつかっていますから」

「……寝過ごしてしまうこと、見抜かれてしまっていたのかしら」

「昨日はいろいろありましたもんね」

 にやにやしているリタに、少し顔が熱くなる。


 と、外から焦ったような声が聞こえてきた。


「マティアス! マティアスはいるか!」


 オクレール卿の声。

 普通にドアマンに言って開けてもらえばいいのに、とも思うがやけに焦ったような勢いで、胸騒ぎがする。

 そわそわしだしたベルタに、リタは静かに言った。

「卿をお迎えするのであれば、落ち着いて、着替えて、少し朝食を召し上がってからにしてくださいね。……淑女なんですから」

「は、はい」


 呼ばれているのは自分ではないけれど、昨日会ったばかりのオクレール卿の、公爵らしくもない大声にどうしても落ち着かない。

 リタが出してくれた服に袖を通し、外からの音に耳を澄ませながら手早く朝食を摂ってから部屋を出た。




 早足気味に応接室に近づいていくと、マティアスとオクレールがこちらに向かって歩いてきていた。

「おはよう、ベルタ」

「おはようございます、オクレール様、マティアス様」

 一礼すると、オクレールはベルタに一瞬笑みを向けたが、挨拶する余裕まではないようだった。

 応接室にオクレールを促したマティアスが、

「妻も入れてもよろしいですか?」

と声をかけると、卿は二つ返事で歓迎してくれた。


「失礼いたします」

「すまないね、朝早くに……」

 給仕に用意させた紅茶で唇を湿し、オクレールは一つ大きな溜息をついて足を組んだ。


「実は、妻がいなくなった」


 どきりとした。姉がいなくなったことが不意に脳裏をかすめて、思わずマティアスを振り返る。マティアスはベルタを安心させるように目元を和らげ、微かにうなずいた。

 それから、静かに言った。

「オクレール卿は、奥様から逃げていらしたのでは?」

「いじわるを言うな、マティアス。どうしてお前にアーニャを匿ってほしいと言ったと思っているんだ」

 アーニャの名前が出ると、ベルタの気持ちが波立つ。腹違いとはいえ、自分の妹を日陰の身のような扱いをする卿の長く組まれた脚に目を落としながら二人の会話を聞いていた。


「どうしてですかね? 初めにこのお話をいただいた時には、不遇な女性の力になってあげたいが、奥様に妙な勘繰りをされても困るとかそんな話をされていましたが」

 そんな話だったのか、と呆れた。

 浮気相手を匿え、と正直に言っても当然呆れたと思うが、アーニャを「不遇な女性」扱いしていたことも、浮気を「妙な勘繰り」とごまかしたことも、とても公爵たるものの言動としていかがなものか。

 ベルタの眉がぴくりと反応したのを見て、マティアスは、ふっと笑んだ。


「――悪かった、私が悪かった。お前にも迷惑をかけたと思うし、今現在も迷惑をかけていると思う。でも、助けてほしい。ポーリーンが出て行ってしまったのだ」

「オクレール様」

 思わず、ベルタは口を挟んでいた。

 こちらを見た公爵に、ベルタは続けた。

「ポーリーン様が出て行かれた理由は、分かってらっしゃいますでしょう?」

「……あぁ。あれは嫉妬深い女だから」

「そのような言い方! オクレール様は、ポーリーン様のお気持ちなどまるで分かってらっしゃいません」


 悲しくなった。

 嫉妬深い、で片付けられてしまうポーリーンの気持ちが、今のベルタには痛いほどに分かるからとても悲しかった。

(愛する人に裏切られたら悲しい、なんて当たり前のことなのに)

 マティアスをちらりと見ると、話を続けていいよ、というように頷きを返してくれた。


「嫉妬してしまう理由を、よく考えてみてはくださいませんか」


 自分より身分が高く、年上の男性相手に失礼なものいいだというのは分かっていたが、言わずにはいられなかった。




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