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24.アーニャの正体

「マティアス!」


 朗らかな男性の声に呼ばれ、マティアスは反射的にベルタを自分の陰に隠した。

 聞き慣れない声だ、と少しだけ顔を覗かせて見ると、先日追い返されていた美丈夫……例の公爵。

(オクレール卿……)

 自分の爵位の高さとマティアスの優しさにつけこみ、思い出の離れを壊さざるを得ないようにした張本人。

 ベルタの眉根に、知らず力が入る。


「オクレール卿。こちらには来ないでいただきたいと」

「あぁ、本当に壊したのか!」


 残念がる風でもなく、呆れたような声でそう言うとオクレールは笑った。

「意外と我の強い男だな、マティアス」

「……何をしに来たのですか。もうここには用はないはず」

「友人に会うのに理由がいるかい? ……おぉ、ホイットモーの」

 ベルタのことを知っているらしい。

 マティアスとホイットモー家のため、公爵相手に失礼な態度は取れない。

 気付かれないように小さくため息をつき、作り笑顔で会釈をした。

「ベルタでございます」

「アーニャと遊んでくれてありがとう」


 にやり、と笑われ、顔が引きつりそうだったが「いえ」とだけ答えた。


「ポーリーン様はもう帰られましたよ」

 何か言いつのろうとしたオクレールの言葉を遮るようにマティアスがそう言うと、オクレールはじっとベルタを見つめたままで頷いた。

「そうか。私も今日は家に帰るつもりだ」

 今日は、ではなく毎日帰ればよいのに。そうすれば、ポーリーン様も……。


「それにしても」


 感心したように、オクレールは言ってベルタを見つめる。

「似ているな」

「オクレール卿!」

「?」


 慌てた様子のマティアスを無視し、オクレールは微かに腰をかがめてベルタに顔を近づけ、こそりといった。


「アーニャ……アナスタシアは良い子だっただろう?」

「――!」


 どこか、姉に似た雰囲気を持つアーニャ。

 大人びているのに、幼い所作のアーニャ。


 まさか。


「アナスタ、シア……」

「おや、気付かなかったのかい? まぁ、会ったのは初めてかもしれないが」

「オクレール卿、その辺で、」

「あの子は、あなたの腹違いの妹だよ、ベルタ=フォン=ホイットモー」


 あの敵意に満ちた言葉とまなざしの理由が分かった。

 政略結婚に対する憎しみの理由も、すべてが腑に落ちた。

 自分の母が、愛人であったという事実が彼女を苦しめていたのか。

 ホイットモー侯爵の、本妻の娘であるベルタ。腹違いの、数か月違いの妹、アナスタシア。本当に幼いころに一度会ったことがあったかもしれない、がほとんど記憶にはなかった。


 母親の愛する男は、他の女と政略結婚していた。

 自分の愛する男は、他の女と政略結婚している。

 そして、また政略結婚しようとしているベルタに会って彼女は何を思ったのだろう。


「アーニャ……アナスタシアは、」

 最後の別れ方は悲しいものだったが、一緒にお茶を飲み、話をしているときは楽しかった。

「わたくしを、嫌っていましたか?」

 オクレールの目をまっすぐに見つめ、そう問うた。

 彼は穏やかに首を振って、朗らかに笑った。

「『毒気を抜かれるくらい、素直な良い子なのよ!』と言っていたよ。それから、」


 マティアスの方を見て、軽くウィンクする。

「『良い子だから、政略結婚なんかじゃなくて愛する人と一緒になってほしいわ』とね」

「オクレール卿、それはあなたに対する当てこすりかと……」

「分かっているさ。――分かっている」


 公爵の眉がつらそうに歪んだのに気付いて、ベルタは彼を責める言葉を呑んだ。

 父も、こんな風につらそうな顔でよそにいる恋人の写真を見つめていたことがある。兄弟は皆呆れたり怒ったりしていたが、ベルタにはどちらの気持ちもよく分からなかった。

 今なら、分かる気がした。


「マティアス様」

「ん?」

「……アーニャがわたくしの妹だってことも、隠してらっしゃいましたね?」

「!」


 困って目を泳がせるマティアスの手の甲をぺち、と叩いて、ベルタは笑った。

「会えてよかった、と思います」

「ベルタ……」

「大丈夫です。わたくしも……アーニャも、もう17歳。もうすぐ18歳ですから」


 また、会えるだろう。会おうと思ったら、会える。大人なのだから。



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