22.マティアスの独白
屋敷から出て、取り壊しが始まっているという離れの方へ。優しく手を取られたまま、広いマティアスの背を追う。
木の割れる音、作業をしている使用人の掛け声、建材の落下音。普段は葉擦れすら聞こえてくるほどに静かな庭園が、活気のある音にあふれている。
「マティアス様! ここは危ないですから、離れて……おや、ベルタさんも。破片が飛んでくるかもしれないんで、ちょっと離れていた方がいいですよ!」
現場監督をしていたらしい使用人が、煤けた顔でにかっと笑って大声でそう言って手を振った。取り壊し作業をするというのは本当の様で、数日前まで建っていた白い建物はすでに廃墟の様相を呈していた。
「……」
「老朽化していたのは、本当だよ」
黙ってじっと作業の様子に目を奪われていたベルタに、マティアスは静かに言った。
壊された建材の表面は、確かに古く朽ちかけているような色をしている。
「壁を塗って、内装を整えて……しばらく住めるようにしていた」
「住める、ように」
ベルタの声に頷き、握った手に力がこもる。
「貴女がここに嫁いできたとき、何かに使えるかなと思っていた」
過去形で話すマティアスの声は、まだ迷っているように、言葉を探すようにたどたどしい。
「でも」
ベルタは唇を舌で湿して独り言のように言った。
「違う女性が住んでいました」
もうその家はないのだから、いつまでも隠していても仕方のないことだから。
アーニャはこの場にいないから。ベルタは言った。
「美しい女性を、住まわせていましたよね。壊してしまってよかったのですか? その女性は出て行かれたのですか?」
答えを聞く前に次の質問をするのは、答えを聞くのが怖いから。
マティアスはベルタの言葉に、「会ったんだね」と驚きもせずに言った。
「ここの、花壇に囲まれた離れは、当家の客人にも好評だった。私の祖母の気に入りの場所でね。祖母が亡くなってからは住む者もなく、住む者がないと家は傷む」
取り壊し作業の無機質な音が響くが、薔薇の花はそれを気にも留めずに風にそよいでいる。美しい庭。
「昔からの知り合いは、皆知っている。ここが祖母の家だったこと、今は誰も住んでいないこと、それから内装と外装を整えたこと。……ベルタに使ってほしいと思っていたことは、誰にも言ってはいなかったけれど」
余計に分からない。
そんなに大事な建物であるなら、なぜ。
「そして、オクレール卿が来た」
柱の倒れる音が低く響いた。
「オクレール卿は、探していた。隠れる場所を。……女性を隠す場所を」
「!」
「私は断った。けれど、公爵の頼みを断り続けるのは……」
「マティアス様、」
「ここにいた女性は、アーニャ嬢は、オクレール卿の」
「もういいですよ、マティアス様」
マティアスが泣いてしまうのかと思って、言葉を遮り、繋いだ手に力を入れた。さっきまで温かかった彼の手のひらは、緊張のせいかひんやりとしている。
「ごめんなさい」
ちゃんと最初に確認すればよかった。ちゃんと話をすればよかった。
「ごめんなさい、マティアス様」
分かった風な態度を取ったりしないで、きちんと聞けばよかった。思い込んで心の中で責めてしまった。
「どうしてベルタが謝るんです」
ふ、と表情を和らげ、また自省するように眉根を寄せた。
「ポーリーン様に話が出来なかったのも、アーニャ嬢の言うことを聞かざるを得なかったのも、オクレール卿にきちんと断ることが出来なかったのも、そのせいで、」
ベルタの頬に優しい指が触れる。
「大事な人に隠し事をせざるを得なかったのも、私の不徳です」
「わたくしこそ、」
「――ベルタ」
そっと抱き寄せられ、ふわりとマティアスの香りがした。
「……最初からすべて話すべきだった。愛する人に隠し事など、出来るはずもない」




