14.気付いた小さな恋心
それから3日間、リュカはギルフォード邸に滞在した。まだまだ泊っていきたいと言っていたが、ホイットモー侯爵からの帰宅指示によりあっさり戻ることを決めた。
「実家にも帰ってきてよ?」
「えぇ。みんなによろしくね」
リュカの見送りにはマティアスも来てくれた。忙しいのに、ベルタの家族を尊重してくれるのが素直にうれしい。
馬車で2時間の近い距離ではあるけれど、次に会えるのはもしかしたら結婚式かもしれない。そのあとは、何か用事があるとき以外は会えなくなるのだろう。
ギルフォード家の紋章を施された馬車が、リュカを乗せて行く。見えなくなるまで手を振り、振り返るとまだマティアスもそこに立っていた。
ベルタは、マティアスに丁寧にお辞儀をし、礼を述べた。
「急な訪問であったのに、おもてなしいただきありがとうございました」
「ここはもう貴女の家でもあるよ。貴女の家族は、私の家族でもある」
真意のほどは定かではないけれど、とちらりと過ぎったが、笑顔で頷いた。
もう、自分の心を誤魔化すことが出来ない。
あんなシーンを見てしまったから自覚した、と思うと浅ましさに消えたくなるが、どうやらやっぱり、マティアスに惹かれ始めてしまっている。
自分にも家族にも優しく、穏やかな人。惹かれないでいられるには、ベルタは人に慣れていなさすぎた。
他に想い人がいる、旦那様。
自分は妻だが愛されることはないかもしれない、でも、立場的には愛したっていいはず。いいはずだ。
対外的にも、夫を愛する妻は必要だ。夫を愛し、支え、……。
父にも、母の他に愛する人がいた。だからといって、母のことを愛していないわけではなかった。そうでなければ、5人も子供が生まれるわけがないのだから。
(わたくしも、母のようになれるかしら。他の女性がいても凛として、夫を一途に愛して……)
「ん? ベルタ?」
「――いえ、何でも。……こうしてふたりで話をするのは、久しぶりな気がしますね」
言ってから、しまった、と思った。当てこすりのようではないか。けれど、マティアスは静かに柔らかな笑顔を浮かべた。
「寂しくさせたね。まだしばらく家を空けることがありそうだけど、なるべく帰るようにするから」
「お仕事では、しかたありませんね」
ほんの少し、仕事ではを強調したことにマティアスは気付いただろうか。
ちらりと顔を盗み見ると、なぜかマティアスは幸せを感じているようにすら見える優しい顔でベルタの髪を一筋掬い、
「寂しがってもらえるのは、嬉しい」
と呟いて、その髪に唇を寄せた。
きゅう、と胸が詰まる。
大切にしたい、と強く思う。
◇ ◇ ◇
静かな夜は久しぶりだ。
リュカと過ごすのは楽しいが、ひとりが気楽でのんびり出来るのは性分だから仕方ない。
リュカがいた間は、アーニャの所へは行かなかった。当然、リュカにアーニャを会わせるわけにはいかないし、リュカをまくのも不可能だった。お風呂以外はずっと一緒くらいの勢いでべったりだったから。
明日は行こうか、と思った。が、またあんな場面に出くわしたら困る。
行けないのと行かないのは違う。今日までは行けなかった。明日からはどうする。
「待っているかしら」
ベルタが行くと、嬉しそうにしてくれたアーニャの笑顔を思い浮かべる。それから、今朝見たマティアスの笑み。髪に落としてもらったキスも。
自分の髪を1束、指に巻き付けてため息をついた。
あんな、愛しい人にするみたいな仕草、ずるい。全てどうでもよくなってしまう。愛人がいても、仕事が忙しくても、別のところに住んでいたとしても、それでも
気持ちが繋がっているような気分になってしまう。
「……やっぱり、行ってみよう」
鍵がかかっていたら帰ろう。マティアスがベルタの部屋に来たら、行くのはやめよう。
もし、あの離れでアーニャとマティアスを見たら、言うことを聞かないで離れに来たことは謝って。
それから、2人はお友達? と、聞いてみよう。
少し緊張する。
でも、ベルタはやると決めたらやるのだ。やらないと決めるまで、やるのみだ。