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13.招かざる公爵様

「もう、こちらには来ないでいただきたい」


 公爵が出てきた部屋から、扉が閉まる直前にそんな険のある声が聞こえてきた。

 マティアスの声。まだ爵位を継いでもいない伯爵の子息が、公爵にしていい態度とはとても思えない。

 部屋の中から、見送りに出るわけでもなく無礼な言葉をかけるなんて。

 リュカとベルタは顔を見合わせた。

「意外と、言うときは言うタイプの人?」

 マティアスがあんなに声を荒らげるところを、ベルタは初めて見た。なので、リュカの問いにも首を傾げることしかできない。

 少なくとも、ベルタの知る限り、マティアスは礼儀正しい。爵位が上で年齢も上の、明らかな目上の人に対して無礼な態度をとるようなことは決してしない人だと思う。理由もなくそんなことをするような人ではない。

 見当もつかないけれど、何か原因がきっとあるはず。


 目の前で閉まった扉をしばらく見つめていたオクレール公爵は、そのまま小さく息をつき、怒るわけでもなくくるりと向きを変えて出口の方へと歩いて行った。幸い、こちらには気付かなかったようだ。


「何の用だったのかな」

「わかりません……わたくし、マティアス様が何のお仕事をされているのかすら、よくわかっていないのです。お仕事関係で何かあったのかしら」

「俺なんか、父さんが何の仕事してるのかすら知らないよ? 仕事、なのかなぁ。私邸で公爵が追い返されるような仕事って何だろう」

 見当がつかない。


 ホイットモー侯爵は貴族なので、領地の管理などをしている。管理って具体的にはどんなこと、と言われるとベルタもよくはわかっていない。公共事業を行ったり税を徴収したり、と言葉では知っていても内容まではわからない。

(きっと、マティアス様も領地管理をされているのね)

 となれば、家を空けることが多くなるのもわかる。領地の視察も、領主一族の大切な仕事だ。

 ……決して、他の方に会いに行くために家を空けているわけではないはず。


 そんなベルタの想いを知ってか知らずか、リュカは何気なく言った。

「仕事で出かけるなら、そうはっきり言えばいいんだけどね。言い訳っぽく濁す必要ないよね」

「……」

「そんな顔しないでよ、……あ」


 部屋のドアが開き、外出着のマティアスが出てきた。

 こちらに気付くと、びっくりしたように少し目を開き、それから会釈をして歩いて行った。

「――いってらっしゃいませ!」

 ベルタが大きな声でそう言うと、彼は肩越しに振り返り、優しい笑みを浮かべた。


「おしゃれして、どこに行くんだと思う?」

「お仕事でしょう」

「あー! 後をつけたい!」

「だめです。ほらほら、探検を続けましょう」


 好奇心が旺盛過ぎる。まるで5歳児のような弟の手を引いて、まだ通っていない廊下をずんずん歩いていく。まだまだ知らないことが多すぎるマティアスに向けられた優しい笑顔が脳裏から離れず、嬉しい反面なぜか少し心が痛い。


「まぁ、でもよかったよ」

「?」

「ベルタ、そんなに不幸そうでもないから」

「そう、でしょう?」


 ちょっとだけ強がってみた。

 リュカは、「俺もここんちの子になろうかなぁ」とか呟きながら、鼻歌交じりに廊下を眺めている。

(わたくしもまだ、「ここんちの子」にはなりきれていませんけれど)

 リュカがずっといてくれたら心強い、けれどそれは願うべくもないこと。



 ◇ ◇ ◇



 夕方まで探検は続き、一緒に夕食を食べてベルタは自室へ戻ってきた。リュカも歩き回って疲れたのだろう、客間で寝る、とあくび交じりに言いながら戻っていった。

 侍従が一人、リュカの面倒を見るためについている。不自由のないように取り計らってもらえているだろう。


「ふぅ……」


 リュカの来訪で、朝からバタバタだった。よかった。

 アーニャのところに行かなくて済んだ、とどこかでほっとしていた。そして、朝から今までそのこと自体を忘れられていたことにも安堵した。

 このまま、忘れてしまおうか。愛らしい笑顔も、楽しい時間も、艶めかしい嬌声も、すべてなかったことにしてしまおうか。

(わたくしにもマティアス様にも関係のない、ただ空家に住み着いていた人がそう、そういうことをなさっていた、ということ)

 枕を抱きしめて、顔をうずめる。

 自分がいやらしい人間になったようで、身の置き所がない。

(そのタイミングで、マティアス様は偶然お仕事だった、それだけのこと)


 もう、それでいいじゃない。





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