12.末っ子リュカは甘えている
「監視されてるのか大事にされてるのか、どっちなんだろうね?」
リュカはベルタの顔を覗き込んでそう言った。
監視、はわかる気がする。ここには秘密があるから。
大事にされてる、はわからない。される理由がないから。
「まぁでも危ないことはしないに越したことはないよ、姉さん」
「危ないことなんてしません」
「うーん……フィオーネ姉さんじゃなくてベルタだもんね。しないか」
フィオーネの名前を聞き、少し心が暗くなる。本当に、どこに行ってしまったのかしら。まだ帰ってきたという連絡もなく、目撃情報すらもない。帽子だけが見つかったところで……。
マティアスの足音が聞こえなくなるのを待って、リュカはソファから立ち上がった。
「さて、探検の時間かな!」
「本当に行くの?」
「何のために来たと思ってるの?」
リュカはにっと笑ってベルタの手を取り、立ち上がらせた。
「噂の女を探しに来たんじゃないか!」
「だめよ」
反射的にそれを制止し、ベルタはリュカから手を離した。
「どうして? 確認しないの?」
「必要ないわ」
「何で。本当に愛人を囲ってないんだったらそれでいいし、見つけられたら家に帰れるじゃん。婚約なんて、愛人がいたら取りやめにしようよ」
「いてもいなくても、家には帰りません」
いるのだから、アーニャは確かに。白い離れに、確実に。愛人かどうかは決定ではないけれど。
「何で? ホイットモー家が嫌だから婚約したってこと? だから帰ってこないの? ここで悲しい結婚をする方がましだって?」
「そうではなくて」
いらいらしだしたリュカにベルタは困って眉を下げる。
「……ごめん」
リュカは頭を下げた。ベルタの目の前の床に座り、伏せられた姉の目を覗き込むように見上げる。
「いじわるなこと言って、ごめん」
「心配してくれて、ありがと」
「ううん。ただ俺が寂しいだけ。……姉さんには幸せになってほしいんだよ」
ありがとう、ともう一度つぶやくと、リュカは照れたように笑って立ち上がった。
「じゃ、探検に行こう!」
「え、やっぱり行くの?」
「おかしなものは探さないよ。約束する。まずは厨房に行こうよ、喉が渇いた」
リタが、用意し始めていたお茶をそっと隠すのが見えた。周りがよく見えている良い侍女だ。
広い廊下を並んで歩く。部屋の前を通る度にここは書庫でここは喫茶室で、と説明していく。
「うちより少し、なんていうか、」
「落ち着くでしょう?」
「うん。ガチャガチャしてるもんなー、うち」
装飾品や調度品が多すぎる実家と比べると、やっぱり物が少ない。でも、とても上質だ。
「父さんが、貰ったものを何でも飾るから悪いんだよ。変なツボとか変な絵とか」
「いただきものをしまっておけないんですよね」
「キラキラが好きだもんね」
人の厚意を無にできない父は決して悪い人ではないが、好意も無にできずに外に子供を作ったりまぁ母を泣かしたものだ。母だって5人も産んだのだから、相当だ。
「あの人は?」
「マーサさん。料理がとっても上手よ」
「コックなら当たり前でしょ? でも当たり前って大事だよね。あ、向こうにいるのは?」
「庭師のかたね、名前はなんだったかしら」
「庭師っていいよな、憧れるわ。俺、騎士団入らないで庭師になろうかな」
適当なことばかり言って、と笑うとリュカはとぼけた顔で首を傾げる。
「あの人は、……」
応接室から出てきた人を指さしかけて、リュカは口を噤んだ。
金色の髪の背の高い男性。肩幅は広く、堂々とした立ち居振る舞いは、いるだけで威厳を感じさせる。
「お客さまかしら」
「オクレール公爵だ」
「知ってるの?」
「ベルタは夜会とか絶対出ないからなぁー。公爵の顔が分からないとかまずいよ? クロード=フォン=オクレール公爵。ちょっと前に爵位を継いだんだよ、お父上が亡くなったから」
オクレール公爵が亡くなったのは知っていた、が、誰が後を継いだのかまでは知らなかった。まして、顔を見たのは初めてかもしれない。
彫像のような美丈夫だ。