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窓から呼ぶ音

作者: 裕裡

 作家である私が、当時の担当編集と共に一泊二日で取材旅行に出かけたときのことでございます。その日は風が強い日でした。私達は朝から車を借りて、目的地から目的地へ働き蜂の様にせかせかと飛び回っておりました。日も暮れた頃になりますと、クタクタのぼろ衣の様に疲れ果てておりました。無理なスケジュールを組んだことに加え、強風が私達の邪魔をし、体力を奪ったのです。

 私達は疲れ切った体に鞭打って何とか予約していた宿に辿り着きました。古くから営業しているようなビジネスホテルです。駐車場には何本かの木が黒々とした葉を風に揺らしておりました。その姿は日本画に書かれた女の幽霊のようでした。そのせいで何やら気味の悪い雰囲気がしておりました。担当編集と何か良くないものが出てきそうだね、と話したことを覚えております。中へ入ってみますと、やはりロビーは何やら暗く、陰険な感じがしておりました。客室は当然綺麗にしておりましたが、古い造りをしておりました。今時のオートロックなどはなく、壁紙や置いてある家具が時代を感じさせました。

 素泊まりでしたので、ホテルの近くにある飲食店で簡単に夕食を取りました。酒も入り、ほろ酔い気分の私達は部屋の嫌な空気のこともすっかり忘れてしまい、明日の予定や今後の創作活動について熱の籠もった話し合いをしました。

 ホテルに戻り、私達はそれぞれの部屋へ入りました。担当編集は私と同じ歳頃の女性でしたので、部屋は別々に、隣同士で取っておりました。


 酒が入っていた私は軽くシャワーを浴びると、直ぐに眠りに落ちてしまいました。どれくらいの時間が経ったでしょうか。ふと喉の渇きを覚えた私は夜中に目を覚ましました。風は止む気配がなく、外では木の葉が揺れる音が聞こえます。すると私の携帯に着信が入っていることに気付きました。それも一時間も前から何件もです。相手は担当編集です。何事かと思っていると、彼女から電話が掛かってきました。何か退っ引きならない問題でも生じたのでしょうか。心配になった私は直様電話に出ました。彼女は小さな声で話しかけてきました。

「ああ、先生。起きてらっしゃいましたか」

「どうしたんだい、こんな夜中に。何かあったのかい」

「そうなんです、先生。実は外から窓をコツコツと叩く音がするのです。人の声が聞こえてくるのです」

 震える声でそう彼女は伝えてきました。私達の部屋はホテルの三階にあります。ベランダなどもございませんので、誰かが外から窓を叩くなど到底不可能です。

「落ち着きたまえ。私の部屋に来なさい。そっちの方が良いだろう」

 彼女に伝えるとはい、と返事をするや否や、彼女は私の部屋に飛び込んできました。その顔は蒼白く、相当な恐怖を感じていたことを物語っておりました。

 彼女に水を飲ませて、落ち着かせたところで事情を聞きました。彼女の話では、一時間ほど前からその音は聞こえていたそうです。最初は気の所為だと思っていたのですが、時折ばんばんと強く叩く時もあったそうです。

疲れ果てて眠りこけていた彼女も流石に目を覚ましてしまいました。またよくを澄ましている、外から人の声のような音も聞こえてきだのだそうです。この部屋には何かがある。そう感じた彼女は、恐怖に耐えながら部屋を探りました。すると隠すように御札が壁に貼ってあったそうです。そして勇気を振り絞りカーテンを少し開けて外をみたのですが、そこには何も無かったのです。「信じたくありませんが、きっと心霊現象です」と震えながら彼女は話します。当然私も恐怖を感じていたのですが、それ以上にある思いが胸を突き動かしていました。好奇心です。作家の性とも言える抑えようも無い興味が湧いてきたのです。


 怯える彼女をこのまま置いておくのも気が引けますが、私はこの作家の宿痾(しゅくあ)とも言える野次馬根性に屈してしまいました。私はなるべく深刻な顔をして彼女に話しかけました。

「私も君の部屋の様子を確認してみようと思う。直ぐに戻るから大丈夫だ。待っていなさい」

 行かないで、と懇願する彼女を宥め(すか)して私は部屋を出ました。(はや)る気持ちを抑えつつ、彼女の部屋へ入りました。私は真っ先に彼女が話してた御札を確認しました。御札は窓の下の壁に貼られてありました。ベッドがそのすぐ脇に御札を隠す様に置かれている為、探ってみないとわからない位置にあります。この部屋には何かがあるぞ。その考えが私の心を(くすぐ)ります。そして音がするという窓に目をやりました。カーテンと窓を開き、外を見てみますと、なるほど確かに何もございませんでした。見えるものというと、風にふらふらと揺れる木の枝葉だけでした。生暖かい風がふっと吹きました。気味が悪いな、と思い私は窓とカーテンを閉めました。思ったよりも怖くなかったぞ、と拍子抜けした私は彼女の部屋を後にすることにしました。

 「何もなかったよ」と彼女に伝えてあげよう、そうするときっと落ち着くだろうなどと考えなら部屋を出ようとした瞬間でした。突然窓の方からばん、と叩くような音がするのです。そして女の笑うような声が聞こえます。気の抜けていた私は肝を冷やして自分の部屋へ転がり込みました。

 そんな私の姿を見て彼女は恐怖の色を顔に浮かべました。私は手が震えて鍵を閉めることすらできません。誰も入ってこないだろうと思い、そのままにしておきました。水を飲み、気分を落ち着かせました。平静を取り戻した時、ふとある疑問が浮かびました。それは先程の音を彼女は聞いているのか、というものです。もし彼女がその音を聞いていなければ、それは霊現象と考えた方が良いかも知れません。しかし音を聞いているならば、何かしらの自然現象と考えられます。

 早速私は彼女に質問をしました。幾分か落ち着いた彼女は元の聡明さを取り戻しておりました。

「君、少し質問があるのだが、大丈夫かね。先程、何か不審な音がしなかったかね。私は君も部屋へ行ってからなのだが」

「ええ、しました。私の部屋の方からばん、と大きな音が。何かを叩くような音でした」

 彼女の返答から私はある考えに確信を持ちました。それは窓を叩く音の正体についてです。窓を叩いていたのは外にある木なのです。止まない風に揺れる木の枝葉が窓に当たっているのです。それがあたかも人が外から叩いている様に聞こえていただけなのです。人の笑い声のような音もきっと風の音でしょう。私が彼女の部屋を出る際に鳴った大きな音も、丁度その時強風が吹いて鳴ったものでしょう。

 

 彼女にそのことを伝えると安堵の表情を浮かべました。しかし一度恐怖を覚えてしまうとそれを拭い去ることは難しいのでしょう。彼女は朝までこの部屋で過ごしたい、一人になりたくないと訴えます。涙を浮かべながらそういう彼女を一人にするのは気が引けます。なので、彼女の要求通り一緒に過ごすことにしました。しかし寝具を共にするわけには行かないので、私は部屋にある一人がけのソファで眠ることにしました。

 いくらか時間が経ち、彼女の寝息が聞こえてきます。私もうとうととしながら、彼女の部屋の鍵を掛け忘れたことを思い出しました。鍵を締めに出ようか、と思った時、ふと生暖かい風が耳元を過ぎました。気味の悪さに眠気も吹き飛んだ私の耳元にもう一度生暖かい風が吹きます。

 ()()()()()()()()()()

 本能がそう感じました。恐怖に慄く中私は、()()が近寄るのを感じました。何かは私の耳元で女の、しかし爛れたような声でこう呟いたのです。

「やっと入れた」

読んで頂きありがとうございました。

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