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 目を覚ましてまず目に入ったのは、黒ずんだいつもの倉庫の天井。次に、傍らに正座して居眠りをしている呂岳だった。


「……呂岳。どうしたの」


 口が乾いていて上手く発声できなかったけれど、彼はぴくりと声に反応し、わたしが起きたことに気が付いた。


「海里! 起きたのか! よかった……」


 瞬時に目をさまし、ほっとした表情をする。

 そして、今水と粥を持ってくるからなと言って外に消え、盆を持ってまた戻って来た。


「ほら食え。お前、畑で倒れてたんだぞ。すごい熱だった」


 親切な呂岳は背中に手を当てて上体を起こしてくれた。

 持って来てくれた水はよく冷えていて、粥は温かい。無我夢中で頂いたのち、お礼を伝えた。


「ありがとう。あんたって、本当にいいやつだね」

「いや、助けたのは俺じゃない。趙銀(ちょうぎん)様だ」


 趙銀とな? 侍医院の人だろうか。


「誰それ?」

「何だお前、知らないのか」

「えぇ? 誰だろう」


 人の名前を覚えるのは苦手だ。薬とお酒に関係しないことは、自分でもびっくりするぐらい覚えが悪い。

 質問すると、呂岳はにやりと笑う。眼鏡の奥の目が面白そうに光った。


「聞いて驚くなよ? 趙銀様は、この国の皇太子様だ」

「ふうん、そうなんだ。今度会ったらお礼をしなくちゃね」

「いやお前、もっと驚けよ! 皇太子様だぞ!?」

「ああ、ごめん。偉い人だから、簡単には会えないか」

「そうじゃない! これだから田舎の鈍感宦官は……」


 なんで呂岳は怒っているのか。ああそうか、わたしが皇太子様に迷惑をかけたからか。

 そう気が付いて述べてみるも、違うらしい。終いに呂岳は大きなため息をつき、何かを諦めたようだった。

 そして改めて話を始める。


「趙銀様が覇天(はてん)に乗ってお前を連れてきた時は度肝を抜かれたよ。噂通り、かっこよかったなあ……」

「覇天って?」


 また新しい名前である。……あれっ、皇太子さまの名前って何だっけ。金銀さんだっけ。


 呂岳はよくぞ聞いてくれたとばかりに教えてくれた。


「覇天は趙銀様の乗り物さ。白虎でさ、すごい速さで天を翔けるんだ。凛々しい趙銀様にぴったりだよなあ」


 眼鏡の奥がきらきらと輝いている。ああ、呂岳は趙銀様、およびその乗り物覇天とやらに憧れているのか。ようやく理解した。


(それより、乗り物ってどういうことだろう。白虎って、確か伝説上の生き物じゃなかったっけ)


 呂岳の様子からして、白虎の存在は当然というか、憧れこそすれ奇妙ではないようである。ここでわたしは、自分の認識が間違っている可能性に思い当たる。――――ここは昔の中国ではなく、全く別の世界なのかもしれないということに。


「ねえ呂岳。あの、田舎者だから教えてほしいんだけど、この国の仕組みについて教えてくれない? 難しいことはわからないから、できれるだけ簡単に」

「いいけどさ。聞いたら寝ろよ? 昼間倒れたばかりなんだから、しっかり休まないとだめだ」

「わかった」


 ――そして呂岳は話し始めた。


 この国の名は(れい)。皇帝をトップとし、有能な皇太子趙銀と続いている。大陸には他にもいくつか国があり、侵略を目的としてたびたび戦乱が起きている。


 ただし、戦乱の中にあっても黎は特別だという。

 太古の昔、東王母という仙女が人間の男と恋に落ち、創造したのがこの世界だという。男は皇帝となり、善く国を治めたそうだ。その後、度重なる戦乱を経て世界はいくつかの国に分裂したが、黎は初代皇帝の直系子孫にあたる。仙女の血を引く黎の皇族は、不思議な力を持つと言われているらしい。


「つまり、白虎もその力の一つだということ?」

「そういうことだ」


 呂岳は頷く。そして、不思議な力に関しては庶民の間でささやかれている噂のようなものだから、本当かどうかは分からないけどな。と付け加えた。ただ一つ明らかになっていることが、皇族は神獣を使役するという事実である。


「皇帝陛下は青龍、皇太子の趙銀様は白虎。皇族お一人に対して神獣は一匹だ。生まれた瞬間に天から神獣が舞い降りてきて、仕える皇族が亡くなるまで守護するらしい。かっこいいよなあ……!」


 神獣を使役する国は直系子孫の黎だけだ。したがって、他の国も黎だけにはなかなか手を出せないらしい。他国が小競り合いをしていても、黎は知らぬ存ぜぬの態度を貫けるのだ。

 それほどまでに、黎の皇族は高貴かつ強大だということを意味している。


「だから分かるだろ!? 趙銀様自体が神聖なのに、趙銀様と覇天に乗った海里はすごく幸運なんだよ!」

「う、うん。言いたいことはわかった」


 興奮する呂岳に調子を合わせながら、わたしの小さな脳みそははフル回転していた。


 なるほどなるほど。

 ここは、古代中国ですらないですね。

 仙女が始祖で子孫が神獣を使役する世界なんて、地球じゃありません。ファンタジーです。


 思っていた状況とだいぶ違うようだけれど――最終的に、別に問題ないかと結論付ける。


(どんな世界であろうと、丹薬が作れて美味しいお酒が飲めればそれでいい)


 地球じゃなかろうが、ファンタジーだろうが、やりたいことができれば何だっていいのだ。


「海里のお陰で火傷はよくなった。だから感謝してるけど、お前、もう少し世の中の勉強もした方がいいぞ。じゃあな」


 そう言って、呂岳は倉庫を出ていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 東王母にちょっと笑ってしまいました。ということはこの世界は東に崑崙山脈が聳え交易路が伸びていて、西に海が広がり西王父と蓬莱山が存在するのか!? ファンタジー要素は楽しみです。皇帝が半仙の始…
[一言] いよいよ本格的にファンタジーですね!
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