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発熱

(うぅ。熱い、頭が痛い)


 ぼんやりと靄がかかった頭で、天井を見上げる。

 もう起床時間だ。起きて仕事に行かないといけないのに、身体が動かない。

 今日言いつかっている仕事は、洗濯に御薬苑の耕し。それと医官たちの靴磨きに生薬の在庫確認……――。あとは忘れた。


(早く起きないと……!)


 御薬苑の耕しと生薬の在庫確認は楽しみにしていた仕事だ。雑用が多い中で、珍しく生薬に関わる業務なのだから。

 だのに、やっぱり身体が動かない。背中と布団がぴったりくっついていて、身体が鉛のように重いのだ。

 重力と格闘しているうちに、さっと倉庫の扉が開いた。眩しい光が顔を覆い、思わず目を細める。


「あ、呂岳? ねえごめん。ちょっと熱が出たみたいなんだよね。悪いんだけど身体を引っ張ってくれない? どうにも起きられなくて」


 入ってきた人物の顔は逆光で見えない。でも、ここに来る人なんて呂岳ぐらいだろう。


 ――しかし、予想は外れていた。


「わたしは常敏です。雑用係が起きてこないので、様子を見に来たのですよ」


 底冷えするような声。言い終わると、彼は手に持っていたものをひっくり返す。

 派手な水音とともに、わたしの上半身はびっしょりと濡れた。


「あ…………」


 熱を持った身体に冷水が心地よい。また寝具が濡れてしまったが、それを差し引いても素晴らしい快感である。

 肌に染み入る水の感覚に歓喜していると、こちらを見下ろす常敏はくいっと口角を上げながら言った。


「熱があるとのことですが、あなたは丈夫そうなので問題ないでしょう。早く仕事に向かってください」


 そう告げると、彼はさっと衣をひるがえして去っていった。その後ろ姿を見つめながら、心の中で彼に感謝する。


(ありがたいなあ。お陰で少し熱が下がった気がする)


 身体が冷やされたことによって、楽になった。

 ゆっくりと起き上がる。ぼんやりして頭痛もあるが、動けないことはない。


(……さあ、仕事仕事)


 まずは水を吸って重たくなった布団を干すところから。

 大丈夫。常敏の言う通り、健康だけがわたしの取り柄なのだから。


 ◇


 しかしながら。

 冷水によって楽になったのはごく一時的なものだった。

 濡れた服によって過剰に体温が奪われたのか、今度はひどく寒気がしてきた。


(着替えたいけれど、もう一着は洗濯中だし)


 着物は二着しか支給されていないため、替えが無い状態だ。思い切って脱ぐわけにもいかない。ここでは宦官ということになっているし、貧乳に包帯をぐるぐる巻いた姿なんて滑稽で見せられたもんじゃない。


(早く、早く夜になってくれ……)


 身体に力が入らず、千鳥足で(くわ)を振るう。楽しみにしていた御薬苑の耕作も、もう満身創痍だ。視界はぼやけるし頭痛はひどいしで、薬草を眺めるどころではなくなっていた。


(まだ、あとこんなに残っている……)


 耕すように指示を受けた土地は広大だ。小一時間一生懸命やっているのに、まだ一割ほどしか終わっていない。

 いつもなら全く気にならないことが、無性に気になってしまう。どっと疲れが押し寄せて、冷汗が背中を流れ始める。


(まずい。倒れそう)


 視界が白く霞んできて、胸がむかむかしてきた。

 立っていることがしんどくなり、とうとう畑に倒れ込む。


 はあ、はあと荒い息を吐きながら態勢を変え、雲一つない青空を見上げる。


(ちょっとだけ、ちょっとだけ休もう。しんどい)


 畑に大の字になったわたしは、うつろな目でひたすらに空を眺め続けた。

 ――記憶が途切れるその前に、空を白いものが翔けているように見えたけれど、きっと気のせいなのだろう。

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