冷や飯一膳
期待していた昼食は、乾いた白飯一碗だけであった。
お供え物のように倉庫前に置かれていたそれは、もちろん冷え切っていて美味しくない。
「寒空のもと、冷や飯一膳……」
呟きは空に消えてゆく。
倉庫の中は薄暗くて寒いので、日なたの地面に座り込んで箸を口に運ぶ。
(雑用係って、ハードなんだな)
あっという間に食べ終わり、ぼうっとしていると、呂岳がやってきた。
「おい、元気か? こっちも昼休みだから、ちょっと様子を見に来た」
「呂岳~っ。お腹が空いたよ~!」
呂岳の黒い制服の裾を引っ張り、切ない状況を訴える。
彼に泣きついたって仕方がないのだけれど。誰かに愚痴りたくなってしまったのだ。
「そんなこと言ったって、飯食ったばかりだろ? って、お前の飯はこれだけなのか?」
呂岳は私の前に置かれた盆を見て驚く。米粒一つ残っていないお椀に、箸が乗っている。
「冷や飯一杯じゃあ持たないよ。寒いし空腹だし、お酒がないから暖も取れないし……」
地面の土を指でいじりながらぐずっていると、呂岳が安心しろと声をかけてくれた。
「大丈夫だ。雑用係でも、本来汁物と菜が付く。何かの手違いで今日は椀しか来なかったんだろう。明日からはもっと食えるから安心しろ」
「えっ! そうなの! よかったあ~!!」
今日は運が悪かっただけで、明日からはもっとご飯が来ると分かり一安心だ。
食べられれば何でもいいたちだけど、さすがに毎日白飯一杯では丹薬を完成させる前に餓死してしまう。それは困る。
「そういや、常敏さんには会ったか?」
「うん。朝起こしに来てくれた」
「あの人がお前の指導係だ。常敏さんは優秀で人柄もいいから、医院で一目置かれている。困ったことがあったら、俺より力になってくれると思う」
「そうなんだぁ」
確かに、隙のない笑顔とか笑っていない切れ長の目もそうだし、まとっているオーラが全体的に優秀そうだった。若手のホープ、っていう立ち位置なのかしらん。
「じゃ、俺はもう行く。頑張れよ!」
「ありがとう、呂岳」
医院に向かって走り去っていく後ろ姿に、確認し忘れたけれど火傷の状態は良好なのだろうと安心する。
休憩時間に様子を見に来てくれるなんて、やっぱり呂岳はいいやつだ。
(さて、午後も頑張るか!)
気持ちを新たにして、仕事の続きに戻ることにした。
◇
「つ、疲れた……!」
一日の雑用仕事を終え、倉庫に戻ってきたのは夜の二十時。何時に起きたか定かじゃないけど、十二時間以上は働いたと思う。不慣れな肉体労働で全身が悲鳴を上げている。
ちなみにこの世界の時刻表現は干支を使っていることがわかった。午前零時が子時で、二時間刻みで丑時、寅時……と続き、午後二十二時が亥時となっている。
でも、いいこともあった。
先ほど倉庫に帰ってきたとき、たくさんの虫の死骸が床にばらまかれていたのである。
『何この虫!? こんなにたくさん、どうしてここで死んでいるの?』
毒物でも落ちているのかと床を観察したが、それらしいものはない。この子たちがここで行き倒れたことは可哀想だけれど、わたしにとっては好都合だ。
一匹つまんで目の前に持ち上げる。見た目はゴキブリとコオロギの中間みたいな感じだ。
『ふふっ。いいもの手に入れた! 生薬にして飲んでみよう』
そういうわけで、わたしは疲れた体に鞭を打って虫を拾い集め、風通しの良いところに並べているのである。
生薬というと、植物を加工したものを思い浮かべるかもしれない。でも、植物でないものもある。虫や鉱物、動物の骨や胆石なども生薬として用いられているのだ。例えば虫で有名どころだと、ゴキブリや蝉の抜け殻がそれに当たる。
丹薬を作るためには、ありとあらゆるものを生薬化し、身をもって効き目を体感する必要がある。この国の生薬を早く試したいと思っていただけに、この出来事は嬉しい。身体は疲れているが心はかなり元気になった。
◇
(乾燥したら、砕いて煎じるんだ!)
翌日からは、朝起きるとまず虫の乾燥具合を確認することが日課になった。服用を励みにして雑用仕事に精を出した。
一方で、食事は相変わらず冷や飯しか配給されない。おかしいと思い常敏に訴えたところ、『御膳房に伝えておきますね』と返答があった。しかしながら、翌日も品数は変わらない。
そしてとうとう勤務開始から十三日後。
原因は疲労なのか、それとも前日に服用した虫の影響なのか。わたしはひどい熱を出して動けなくなってしまったのである。